「もうそろそろバレンタインかぁ」
私はひとり、そう呟きながら料理途中にスマートフォンで日付を確認する。
一月二十九日。
今月も、もうすぐ終わる……歳を取ると、なんだか日々があっという間に過ぎている感じがして怖い。
「チョコの季節だなぁ? 今年はどんなの買おうか?」
そんな気持ちを無視して、あるいは誤魔化すように、チョコを催促する声が出る。
「いやいや、スーパーのでいいじゃん、安いし。板チョコ最高」
「でも、去年は変わり種買ったからなぁ……結構美味かったし」
「あれクソ高かったよね……季節もんだからしゃーないけど」
調理していた料理が出来上がり、私は事前に用意していた器に盛る。
「なんか、少ない?」
「思ったよりボリュームが……ま、味が良ければ結果オーライ」
一人暮らしを始めて数年経つけれど、料理はまだまだ苦手な分野だ。
私は自分の苦手分野を把握しているから、こうやって『結果オーライ』と言えるが……夕食が他人に出せる料理となるのは、ずっと遠い未来の話な気がした。
「いただきまーす」
パソコンの前に座り、夕食を取る。
もうすぐバレンタイン。
今年はどんなマイチョコを買おう。
……時間の流れを速く感じるようになってから、日々の特別感も薄れている気がするし。
ああいうイベントの日くらいは特別感を出した方が、楽しくなるかな。
「やっぱ買うか……お高いチョコ」
「じゃあ調べないとな。この時期なら、もう告知サイトとか出てるだろうし」
買うと決まればあとは早かった。
私の好むチョコはひと粒があまりでかくないミルクチョコ。
味よりも見た目重視、チョコなんてみんなただ甘いだけのお菓子だ。
「……やっぱ、自分だなぁ」
私が発したその言葉の意味も、私はわかっている。
誰よりも知っている。
誰よりも、理解できる。
「婚期を逃しても? 老後に孤独死したとしても?」
「……寂しいけど、仕方ないよねぇ」
こんなにも自分を理解し、尊重し、大切にできる人なんて……他にいない。
その確信がある。
なぜなら、私が他人をここまで理解し、尊重し、大切にできたことなんて一度もないし。
できる気がしないからだ。
「これからも、死ぬときも、死んだあとも、ずっと一緒、苦にならない……そんな都合のいい他人を求めるのは、なんだかなぁって思うし」
「要求スペックが高いよなぁ」
「うん、やっぱ必要なスペックがかなり高くなると思う。現状でも私は結構満足してるんだし……これ以上求めなくて良くない?」
それに……と私は言いかけて一度、口を閉じる。
他人にとってはきっと、こんな考え、一般的ではないのだろう。
大抵は、一生側にいたい大切な人がいるか、見つかってはいないけれどもそういう人が欲しいと思うのだろう。
少なくとも、普通なら大切な人のポジションに自分自身という存在は置かないだろうな、と思う。
私は一般の範囲を逸脱している。
……それでも、私はこの言葉を口にする。
「それに、私は私が大切だから。私のためになることをしたいなぁ」
私は小さく苦笑する。
ちょっとおかしいことだよなこれ、とわかっているから尚更だ。
だが、それでもいい。
たとえ、この気持ちを一生、誰とも分かりあえないとしても。
私は私を愛してるから。
I LOVE...
喉から声が出なくなるまで叫べたのなら、私は今からでも大声で泣き叫びたかった。
けれどここは住宅街にあるアパートの一室。
空はすっかり暗くなっていて、とても一人で叫べるような時間帯ではない。
だから私は、叫びたい衝動を喉の奥に抑え込んで、ただ両目から涙をボロボロと溢すのみだった。
喉からまるで、裂けたかのような変な味がする。
だけど、叫べない。
叫んではいけないのだ。
人として生きているだけなのに、どうしてこうも、つらいのか。
人は、生きるだけで苦しみを味わう生き物なのか。
この世は地獄だ。
理不尽なことばかり起きる、地獄なんだ。
顔を上げ、壁掛けのカレンダーを見る。
明日は私の誕生日。
今日は、彼氏と別れた日。
声が枯れるまで
今抱える気持ちを言葉にしようとして、ふと不思議に思った。
この『気持ち』の始まりは、どこからなのだろう、と。
一体いつから? 昨日? 一昨日? まさかとは思うが、出会った時からだろうか。
「いつから好きになってくれたの?」
昨日、彼にそう問われた時、私は何一つ答えられなかった。
この気持ちは、いつ生まれたんだろう。
最初はただ楽しかった。
一緒にいるのが楽しくて、居心地よかった。
次第にもっと、彼を知りたいと思うようになった。
彼を知っていくうちに、他人と彼の関係に嫉妬した。
この気持ちは、いつ始まったのか。
好きの始まりが、私にはいつもわからない。
始まりはいつも
この日の空は秋晴れで、急に寒くはなったけれど、丁度いいお出かけ日和だった。
今、僕は日本で一番高いと言われる、空の名を冠した塔から地上を見下ろしている。
あまりにも標高が高すぎて。ここからでは人の姿がよく見えない。
そのくらい、人間がちっぽけに見える。
きっと、僕の悩みも同じくらい、ちっぽけな存在なんだろう。
つい最近、恋人に振られて落ち込む僕なんて……。
これ以上考えるとつらいから、僕は周囲を見回す。
平日だからか、二人組の男女が多かった。
惨めだ、凄く。
僕は改めて外を見た。
日本で一番高い塔の中。
僕の気持ちなんて知る気もないような青空は、どこまでも高く高く、澄み渡っていた。
高く高く
「しゃきーん!」
駅のホームで、まだ小学生にも満たないような子供がはしゃいでいた。
土曜日だからだろうか、今日は家族連れや主婦の姿が多い。
僕は今日も仕事。
いつもと同じ時間に家を出て、慣れた道を通り駅まで来た。
でも、……そろそろ疲れてきたな。
毎日毎日、朝から晩まで働いて、くたくたになりながら家に帰った頃にはスーパーも閉まりかけ。
趣味を楽しめる時間を睡眠に充てて、朝まで寝たらまた仕事。
ようやくやってきた休日だって、体がだるくて起き上がる気力もない。
「こら、大人しくしなさい!」
母親が叱ると、子供はギャーギャー泣きわめきだす。
僕もあの子供のように笑い、泣けたなら。
もっと楽になれたのだろうか。
そんなことはないと知りつつも、今なお泣きわめく声を響かせる子供を、妬んだ。
子供のように