海へ
打ち寄せる波に素足を浸しながら歩くあなたを怖いと思ったのはいつの事だっただろうか。
そう、高校生が出歩くには少し遅い夜にドライブに誘って来たあなたはあの日、私を夜の海へと連れ出した。
静かに寄せては返す波にそのまま攫われて、闇に染まった夜の海のその向こうに行ってしまいそうな。そしてそれを悲しげに、でもそれが救いだとでも思っているようなその顔が今でもたまに頭にふと、浮かぶのです。
もうどこにいるのか、何をしているのか、連絡先も分からなくなってしまったけれど。ふとあなたのことを思い出す時、きっと幸せであればいいなと思ってしまうのです。
このままバックれてしまおうか。
そう出来たならどれだけいいだろう。
しかしそんなことはいけない。
わかっている。わかっている。
だからせめて頭の中では悪態ついて
逃避行
この電車の終点まで。
乗り換えた先のそのまた終点まで。
誰も知らない人ばかりの街へ。
誰もいないところまで。
遠いところへ行きたかった。
早く大人になりたいだなんて思ったことなどなかった。
理不尽に怒られることも、力では敵わないことも、夢は夢でしかないのだと、両手に抱えてきた大事なものを取り上げることも。大人は勝手だと、そんな汚い大人になんてなりたくないと、そう思いながら大人になってしまった。
自分なりに真っ直ぐ生きてきたつもりだ。いつかなりたくなくても大人になってしまった時、子どもの頃の自分に胸を張っていたいなと思いながら。それでもえらい大人にはなれなくて。情けないちっぽけな大人になってしまったよ。だから子どもの頃の自分には期待に応えられなくてごめんねって謝ることしか出来ないよ。
ねぇ、ごめんね。こんな大人にしかなれなくて。死にたがりの大人の自分は今日も子どもの頃の自分に縋りながら懺悔する。
情けない大人。でも子どもの頃の自分が好きな物、ちゃんと覚えているよ。それだけは握りしめてここまで来たよ。これからもきっと無くさないでいるから。だから預けていてよ。
きっとそれだけでいいよ。
季節が巡るごとに、イベントがあるごとに、この部屋は何度も、まるで洋服のように衣装替えをされてきた。
ここで迎える夏も2度目になった。少しくらい家具や色が被ったって文句なんて言いやしないのに、サボり癖のある彼だけど、インテリアに関しては手抜きは無しだ。
1年前、はじめてここで迎えた夏を
夜は長い。
デビルズパレスの誰一人として起きてなどいない。草木ですらも眠る深夜。
その中で物音一つ立てず、このデビルズパレスの見回りをする。ひいては私にとって大切な人の安らかな眠りのために。
夜の見回りは孤独だ。冷たい夜の暗闇は私の影をも飲み込んでしまう。
もうすぐ夜明けだ。今日は平和に見回りを終えられそうだと思っていた矢先、視線の端に蠢く影を捉えた。その瞬間音もなく近づき、相手にこちらの動きなど全く悟られることなく捕らえる。
身柄を引き渡して全て終えた頃には、太陽が昇って辺りも陽の光に晒されていた。今日も一日が滞りなく終わったと屋敷の玄関に足を向ければ、朝も早いというのにそこには主の姿があった。
「おはよう。今朝もお疲れ様」
そう言いながら微笑む主の姿は朝日を受けて眩い。いや、朝日などでは無い。この心を溶かすような微笑みこそが私の夜の終わりなのだ。いつも完璧でありたいのに、この方の笑顔を見ると今日もこの笑顔を守り通せたのだと気が抜けた顔を隠せないのだった。