昔、当たり前のようにあった手足とは羽根だったのだ。
ふわりと浮かぶ体の感覚は、浮力だったのだ。
陸を、海を、空を縦横無尽に駆け回ることができているなどとは考えもしていなかったころ。体の機関として根付いた、失われることのない絶対だと確信していた。
これになら心を全部傾けてもいいと信じていた。
老いて今。
どうすればいいの?
暗がりの中で、ただ愛しいと思ったものがあまりにも私の害悪だったということに気付かぬふりをし続けて。愛していますと言い続けられることに満足のふりをしていました。金と、時間を捧げれば、私にまともに笑顔が向いた。その喜びは、光の中で寝転べる人には生涯知ることができないと思うんですよ。
すごく、幸せなんです。それしか言葉がないことが、悔しいくらいに。私の唯一であると思い込めるキレイな世界でした。
それは僕の知る幸せを甘受している人々と似た笑顔をしていました。
浮気者の旦那をそれでもいい生活をさせてもらっているからと笑うあの奥さんと同じ目をしていました。
僕はあの奥さんのことを幸せものだと思い込んでいたのですが、そうするとこいつのことも幸せそうだと思い込まなければいけないのでしょうか。僕はわからなくなりました。
蝶よ花よと大事にされる
可愛いあの子のいく末は
職業婦人か
玉の輿かと
いずれ潰える夢をみる
つまらないことでも続けられるだろうと当たり前の顔をして言える人は自分がどれだけ優れた、素晴らしい人間かを知らない。
なぜこんなことになっているのか
持つことが出来なくなったペンを見下げて、涙が出たのです。
浅い息を自覚しながら
何も出来なくなったのです。
喉の奥がぎゅると
古びた機械音みたいに錆びました。
眼前の人は灰色のようにその日を生きていましたが、
派手色の私は明滅し、グレアじみて揺れていました。
私だけこんな、動け、私以外は大丈夫なのに。
体中異音がしました。
関節を勢いよく叩きつけました。
幸い動き出し、マネだけは出来るようになりました。
私は味を占めました。
騙し騙しまだいけるのだ。
何度も叩きつけ、動き。叩きつけ、動き。叩きつけ、動き。叩きつけ、動き。
ある日に陶器のように白く滑らかな腕を横目に、
小さな傷でボコボコになった自分の腕を見つめて、
まだ動くなぁとゆらゆらしていました。