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7/30/2024, 3:23:52 PM

澄んだ瞳だった

穢れを知らぬ、まさに無垢な子供の瞳だった

何も知らない、無知な者とも言えようか

そこには嘘も虚構もなく、ただただそれが真実であると示している

俺が家の中に押し入った時には、もう全てが終わっていた

部屋の中には、呆然と空を見つめている子どもが一人

周りには、飛び散った血飛沫と転がる人…だったもの

うつ伏せになってることによって見える背中は、刺し傷だらけだった

凶器であろう包丁だけが、薄暗い部屋の中でほのかに輝いている


困惑


取り敢えず中に入らないことには始まらないと思い、一歩足を踏み出せば子供はゆっくりとこちらに顔を向けた

「お兄さんたち、だあれ?」

この状況にそぐわない明るい声で質問される

近づいてみれば子供の手も服も血で赤黒くなっており、正直この状態で質問をするこの子に少し恐怖を抱いた

何で、こんなにも平然としていられる?

十中八九この子がやった。それで間違いないのだ

普通、少しぐらいパニックになったりするだろう

なのに、目の前のこの子はにこやかに自分の名前やら好きな食べ物やらを喋っている

しかも、倒れているのはこの子の母親。この子が自分でそう言っていた

あまりに理解ができなくて、一緒に来ていた仲間が子供に聞いた


どうして、こんなことしたの?…と


それに少しの間を置いて、目を細めながら嬉しそうに子供は話し始めた


「あのね、お母さんがね、たたいたりけったりするのは、ぼくを愛しているからって!これは愛のあるこうい…?なんだって!」


「だからぼく、おんなじようにしたの!」


「お母さんのこと、だいすきだから!」


スッと、背筋が凍るような感覚を覚えた

何を言っているんだ、この子供は。…いや、子供だからこそ、か?

子供は花咲くような満面の笑みでこちらを見ている

自分のやったことが、わかってないのかもしれない

……このことについて深く追求するのは、もうやめにしよう

どうせこの後のことは担当の者に任されるはず

その者達が到着するまで、俺達が少し待てばいいだけ

何がそんなに嬉しいのか、子供は最後までニコニコと楽しそうに、嬉しそうに笑っているばかりであった





その後、やって来た者に子供を引き渡して、俺は帰った

子供のそれからがどうなったかなんて俺には知る由もなかった

ただ、あの時の子供の瞳が、どうして忘れられなかった

澄んだ瞳。恐ろしい瞳

それを吹き飛ばすように、俺は吸っていた煙草の煙を深く吐き出した








7/28/2024, 1:15:27 PM

お祭りが始まった。

夏の一大イベント。皆の楽しみの一つ。

お社から提灯を持って周りを照らせば、そこは摩訶不思議な雰囲気に包まれた。

一歩、一歩。

少しづつ、ゆっくり。

チリン、チリンと、軽やかな鈴の音があたりに響けば、それと共鳴して聞こえる誰かの笑い声。

皆が笑顔で、歩いている。

あるものは酒を飲み、またあるものは歌を歌う。

しかし、決して誰も暴れず、列を乱すことなどなかった。

ふと、その時

チラリと横の草むらを見てみれば、異様な雰囲気が一つ。

自分以外の誰も気づいてはいない程の、小さき気配。

そっと列から外れて見てみれば、まだ幼い子供がポツンと座り込んでいた。

可愛らしい着物を纏った子供。

同じ目線に合わせれば、状況がまだわかってない子供はこちらをじっと見ている。

その手をゆっくりと引いて列から遠ざけて、薄暗い道をただ歩く。

灯は己の提灯一つのみ。小石に注意して進んだ。

子供は何か言いたげな表情でこちらを見ては、また目線を前へと戻す。

変わった子だ。

普通であればこういった時は泣き出したり喚いたりするはずでなかろうか。

だのにこの子供ときたら、ただ黙ってついてくるのみ

でもまあ、それでも良い。その方がこちらとしても好都合である。

気配と音を頼りに歩みを進める。

それから数分、どうやら辿り着けたようで、少し遠くから賑やかな声が聞こえてきた。

彼方へ行け、と指を指しながら言えば、子供は掴んでいた手をパッと離して、歩き始めた。

さて、これで大丈夫かと踵を返す

…なにやら後ろから引っ張られる感覚。

振り向けば、先ほどの子供が着物をクンと控えめに掴んでいる。

用件を伺えば、子供は髪に付けていた髪飾りをこちらに差し出してきた。

「…ありがとう」

一言。

ただそれだけを言い残し、子供は走り去って行く。

渡された髪飾りを見れば、椿の花。

…礼なのだろうか。

ふふ、中々利口な子ではないか。

来た道を引き返し、術で隠していた耳と尻尾を出せば空気に触れた耳がぴこぴこと揺れる。

髪に先ほどの飾りを付ければ、なにやら気分が晴れやかになった。







…随分と行列は遠くなってしまったようで、何個もの提灯の光が小さく見える。

でもまあ今宵はお祭り。まだまだ時間はある。

なに、少し足を早めれば追いつくのは容易であろう。

道を一人で歩き始める。傍の提灯だけが、自分の姿を照らしていた。








7/27/2024, 1:01:26 PM

ある日

忽然と神様が舞い降りて、こう言った。

「貴方の願いを何でも一つ叶えましょう」

何故?と問えば

「貴方が、選ばれたからです」

と答えが返ってきた。

何に選ばれたかなんて知る由も無いが、とにかくその神様はそれ以上のことは何も言ってくれなく、ただ「
願いを」と繰り返すだけであった。

願いだのと言われても、いきなりは困る。

特に今の生活に困ってはいないし、何か悩み事があるわけでもない。

億万長者になりたいとか、そういう望みもない。

そういった訳で、特に無いので帰って欲しいと神様に伝えれば、渋い顔をされた。

「本当にないのですか?…今の現状から抜け出したいとか、たくさんあるでしょう?」

いえ、1ミリもありません。

「嘘でしょう?貴方、このままでは死にますよ?」

そうなんですか。

まあ、それも運命なのではないのですか?

「…何故そんなに自分のことに無関心なのですか」

なるようになる。それが自分なので。

確かにうちの両親はどちらも浮気やら虐待やら世の常識から外れている事を平気でしますし、たまに命の危機を感じたことはありますが。

「……では、余計に」

でも正直、どうでもいいです。

「……」

学校には気の合う友達もいますし、幸にしていじめも受けてませんから。

それに、両親が自分にしてることを見てると、思うんですよ。


ああ、可哀想だな…と。


ああいう事をしなければ気持ちが収まらない、人間として終わってる人。

「…貴方は」

目の前の神様が顔を歪めてこちらを見ている。

それもそうだろう。恐らく自分は世間一般的にみれば「ズレている」のだから。

ぶっちゃけてしまえば、私は全部…自分の身の保証さえもどうでもいい。

それで何かヘマをして死んでしまってもそん時はそん時である。

考えることすらダルい。

ま、人間十人十色と言うのだから自分の様な奴がいてもいいだろう。

人はいつか死ぬんだからそれがちょっと早くなったって別にいい。

……あー、でも。

この日々は飽きてきたな。いい加減つまらない。

学校行って、授業受けて、家帰る日常よりも、この目の前の神様について行った方が面白そうだ。

死ぬ死なないよりも、断然面白いか面白くないかでしょ。

そう思い、未だ黙ってる神様に私は声をあげた。

それに反応して、神様が返事を返す。

「どうしたのですか?」

ありましたよ、願い事。

「聞かせてください」

貴方の世界に連れてってください。

「…それ、は」

その方が、此処にいるよりもよっぽど楽しそうだ。

不可能ですか?

「不可能では、ありません。ですがその場合、貴方は人間ではなくなるのですよ?」

構いませんよ。

「…過去にも面白半分でそう言ってきた人がいましたが、結局その人は狂い、朽ち果てました」

へえ、そうなんですか。

「人間が神の世界に足を踏み入れると言うことは、それ相応の覚悟が必要なのです。簡単に言うものではありませんよ」

私は別に自分が朽ち果てようがとち狂おうがどうでもいいんで。

今を大切にしてるんです。

「貴方の場合は大切にしていると言うよりも、流れに身を任せているの方が正しいでしょう」

かもしれませんね。

「はぁ、全く…本当に、こちらの世界に来たいのですか?」

はい。後悔はしませんよ。

「…その言葉、これからの長い刻の中で忘れないでくださいね」

ええ、忘れませんとも。






………これが本当の「神隠し」……なんちゃってね。

7/22/2024, 2:50:33 PM

もしもタイムマシンがあったなら

…なーんてことを考えてしまう。

突然だけど、みんなはもしタイムマシンがあったら過去と未来のどっちに行きたい?

自分的にはやっぱり断然過去。未来なんか見ちゃったら面白くないと思うんだよね。

それに、過去に戻ってた方がさ、失敗とか色んなこと一からやり直せるじゃん?

だから、過去に戻りたいんだよねー


……



………


「…ね、お前もそうだと思わない?」

「……」

「俺さー、お前とやりたいこといっぱいあんの」

「……」

「まだクリア出来てないゲームだってお前がいないと出来ないし。そもそもあれ二人用だし」

「夏祭り行こうって話もしてたじゃん?もう明後日だぞー」

「…課題だって、俺馬鹿だからお前に教えてもらわないと一ページも進まねーの」


だから


「だから、はやく」


お願いだから


「目ぇ、さましてくれよぉ…」


そう言って、少年はベットに力無く横たわる手を握り締めた。

人と車との衝突事故がこの間近くで起きたらしい。

新聞にも載らない、小さな事故が。

車の運転手は無事。怪我人は、ぶつかってしまった歩行者ただ一人だけであった。

季節は夏。蝉の鳴く声が、静かな病室にただ響いていた。