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お祭りが始まった。

夏の一大イベント。皆の楽しみの一つ。

お社から提灯を持って周りを照らせば、そこは摩訶不思議な雰囲気に包まれた。

一歩、一歩。

少しづつ、ゆっくり。

チリン、チリンと、軽やかな鈴の音があたりに響けば、それと共鳴して聞こえる誰かの笑い声。

皆が笑顔で、歩いている。

あるものは酒を飲み、またあるものは歌を歌う。

しかし、決して誰も暴れず、列を乱すことなどなかった。

ふと、その時

チラリと横の草むらを見てみれば、異様な雰囲気が一つ。

自分以外の誰も気づいてはいない程の、小さき気配。

そっと列から外れて見てみれば、まだ幼い子供がポツンと座り込んでいた。

可愛らしい着物を纏った子供。

同じ目線に合わせれば、状況がまだわかってない子供はこちらをじっと見ている。

その手をゆっくりと引いて列から遠ざけて、薄暗い道をただ歩く。

灯は己の提灯一つのみ。小石に注意して進んだ。

子供は何か言いたげな表情でこちらを見ては、また目線を前へと戻す。

変わった子だ。

普通であればこういった時は泣き出したり喚いたりするはずでなかろうか。

だのにこの子供ときたら、ただ黙ってついてくるのみ

でもまあ、それでも良い。その方がこちらとしても好都合である。

気配と音を頼りに歩みを進める。

それから数分、どうやら辿り着けたようで、少し遠くから賑やかな声が聞こえてきた。

彼方へ行け、と指を指しながら言えば、子供は掴んでいた手をパッと離して、歩き始めた。

さて、これで大丈夫かと踵を返す

…なにやら後ろから引っ張られる感覚。

振り向けば、先ほどの子供が着物をクンと控えめに掴んでいる。

用件を伺えば、子供は髪に付けていた髪飾りをこちらに差し出してきた。

「…ありがとう」

一言。

ただそれだけを言い残し、子供は走り去って行く。

渡された髪飾りを見れば、椿の花。

…礼なのだろうか。

ふふ、中々利口な子ではないか。

来た道を引き返し、術で隠していた耳と尻尾を出せば空気に触れた耳がぴこぴこと揺れる。

髪に先ほどの飾りを付ければ、なにやら気分が晴れやかになった。







…随分と行列は遠くなってしまったようで、何個もの提灯の光が小さく見える。

でもまあ今宵はお祭り。まだまだ時間はある。

なに、少し足を早めれば追いつくのは容易であろう。

道を一人で歩き始める。傍の提灯だけが、自分の姿を照らしていた。








7/28/2024, 1:15:27 PM