とりとめもない話をできていた時間が、
いちばん幸せだったなあ。
君は遠くに行ってしまって、
僕だけがここに取り残された。
今じゃ、君に話しかけることすら叶わないんだね。
勤勉な君はきっと僕とは、
元々生きる世界が違ったんだろう、なのに、
僕が期待してしまったから。
天性のスターみたいな君の隣に、
いつまでも立てると思ってしまったから。
既読のつかないメッセージを片目に
通話ボタンへと向かわせていた指をはたと止める。
そして、
「メッセージを取り消しますか?」
多分これで、良かったんだ。
あの日、君の真面目さに軽蔑の目を向けた時から、
道は分かれてしまっていたのだろう。
僕は本当に君が好きだったんだろうか?
ただ、君になりたかったんじゃないのか。
僕は落ちぶれてしまった。
戻ることのない過去と
未来の幻想に縋り続けることしかできなくなった。
だから、羨ましいけれど、妬ましいけれど、
僕はやっぱり君を、あなたを、尊敬しています。
僕があなたの人生の汚点になりませんように。
私の人生にも、もう一つの物語があったら?
私はどうなっているだろう。
運動が得意かな?友達100人いるかな?それとも男の子に生まれているかも?
もしかしたら鏡の向こうの世界とか、夢の世界とかもあるかもしれないね!
そうだとしたら面白いよね!
ね、私。
私の体は相槌の代わりに、頭を撫でてくれた。
ふふ、ありがとう、大切な私の体。
香りを纏う。
わたしの周りに、
わたしの香りの空気が揺れる。
爽やかさ、甘酸っぱさ、強烈さ、柔らかさ。
だれかが、わたしの香りを見つけてくれる。
どこかで、わたしの存在を見つけてくれる。
その一瞬だけでも、
わたしは誰かの中で生きている。
毎日会うあの高校生に、駅員さんに、眼鏡の彼に。
わたしが生きられる場所を、
少しだけ、貸してほしいのです。
蝶よ花よ、そう言って人を愛でるのは、
蝶が花の周りを舞っている様を
美しいと感じるからだ。
電気屋のテレビに写っているような花畑なんかは
その例だろう。
では、蛾よ草よ、と言うとどうだろう。
似た形をしていても、全くの別物になる。
手入れのされていない林などを思い浮かべてしまう。
「少年の日の思い出」に出てくる
クジャクヤママユは珍しい蝶だと名高いが、
その実、蛾である。
そう聞くと途端に美しくなくなったような気がする。
私の頭の中の蝶は、リアルな生物の姿ではなく、
"美しい"の象徴として存在しているのかもしれない。
病室は、白い。
アルコール消毒の匂いも、カーテンの揺れる音も、
僕を包み込む全てが白い。
だから、真っ黒い服の彼だけが
僕の世界を染めるただ一つの色だ。
毎晩消灯時刻になると枕元に現れて、
僕が眠気に誘われるまで話をしてくれる彼。
おやすみ、また明日。
そう言っていつものように目を閉じる。
けれど今日は返事がない。
不思議に思って開けようとした目に、
真っ黒な彼のマントが被せられた。
少しの間の後、ああ、また明日。と、
素っ気ない声が返ってきた。
そしてそのまま、彼の気配は夜の闇に溶けていった。
翌日、僕の部屋には新しい色が加わった。
いつも君がいた場所には、色とりどりの千羽鶴。
ふと、昨晩の会話が頭に浮かぶ。
「知ってるか?虹色を混ぜると黒になるんだぜ。」
どうやら僕の死神は、随分と優しい人のようだ。