(もう一つの物語)
たらればの話をしたってきりがない。お前はいつまで経っても目覚めねぇし、俺は今日も生きるしかないのだから。
「はは。時間が経つのは早えーな。もう、あれから一年も経っちまった。」
誰も俺の声なんて、聞いてるやつはいなかった。
…………
その日は、少し肌寒くて、秋の終わりがけの日だった。
「だんだん涼しくなってきたよね。」
そう言って笑った彼女は、俺の唯一の幼なじみだった。短めの髪に高めの身長。俺はそんな彼女のことが好きだった。
「あぁ、もう、冬だしな。これからまた更に冷え込むと思うと辛いよな。」
「ねー。私は断然夏の方が好き。」
いつものように高校から歩いて帰っていた俺らは、その日、地元で事故があったことを知らなかった。
…………
「あー、すみません。交通事故があったので、あぁ、はい。その道を、はい、そうですそうです。ご協力ありがとうございます。」
どうやら、車が車線を飛び出して歩道に突っ込んだらしかった。
「事故なんて珍しいね。居眠りか飲酒運転かな。」
「あーどうだろうな。」
他愛もない会話をしていると、後ろで叫び声がした。振り向く間もなく、誰かから足を蹴られた。
「いっ……!」
倒れる直前、隣の彼女を見る。すぐ後ろには、黒いパーカーを着た怪しげな男が立っていた。
俺は体勢を立て直すために一瞬目を離してしまった。きっと、それが間違いだったのだと今なら思う。
「あ゛……。」
それが最後に聞いた彼女の声だった。
…………
あの男は、連続殺人犯だったと、あとから報道で聞いた。
事故った車も男とその仲間のものらしく、隣町で殺人をしてきた帰りに通ったのが、俺らの地元だったそうだ。
事故った理由は、仲間の一人が車内で暴れたことだとニュース内で話していた。どうやら薬をやっていたそうだ。
また、車内からは大量の麻薬が見つかったらしい。
幼なじみの彼女はと言うと、刃物で後ろから三箇所刺され、声も出せないほどの重体に。その後、気絶したように眠り、病院へ搬送され、一応、一命を取り留めた。
だが、一年経った今でも目は覚めなかった。
医者が言うには、体の回復はしたらしい。が、精神の問題で起きれないのだと言っていた。
「早く起きろよな。まだ言ってねぇことが沢山あるんだからさ。」
できるだけ優しく語りかけるよう努める。だが、彼女が目を覚ますことは無い。
手から幾本も伸びている点滴の線は痛々しく、死んだように眠る彼女を見るのはいつまで経っても慣れなかった。
「ごめんな。俺がもし、あの時、違う行動が出来てたらお前は助かったかもしれねぇのに。」
病室は静かで。
……………………
(暗がりの中で)⚠︎︎欠損の表現あります。
目を開けても、広がるのは暗闇ばかりで。辺りを見渡そうとしても、体は全く起き上がらなかった。
遠くから近づいてくるサイレンの音を認識した時、一気に体温が下がった気がした。
目が慣れてくると、少しだけ暗闇の中からも情報を拾えるようになった。どうやら、今、オレがいるのは、瓦礫の中らしい、ということを理解する。
と、同時に体……特に足の辺りに瓦礫が積み上がっていることもわかった。
実は最初からわかっていたことだが、足の感覚がない。そのくせ、膝の当たりがやけに痛む。
切り傷程度で済んでいたらいいが、おそらくこの感じは足ごとどっかに吹き飛んでいる可能性が高い。
「だ、誰か人がっ……!!」
ほぼ真上から声が聞こえた。あぁ、もしかして見つけてくれたのだろうか。
「今、助けますからね……!!!」
目の前が急に明るくなる。どうしよう。助かっちまうな。
そこでオレの意識は途切れた。
…………
数日後、簡易的なプレハブのような建物の中で目覚めたオレは言葉を失った。
まず右足がなくなっていた。予想していたとはいえ、ショックはでかかった。
その後、周りを見渡すと、俺みたいに足がないやつや腕がないやつもちらほらいた。もちろん、言葉は出なかった。
「……。」
と、すぐ隣で息を飲む音が聞こえた。
「目覚めましたか……、すみません。きっと気が動転していると思います、が、今から事のあらましを説明するので、よく聞いてください。」
どうやらその人は、病院で働いていた医者らしく、オレに状況を説明してくれた。
曰く、戦争が始まったこと。
曰く、オレらの街の上空に飛行機が飛んできて、爆弾を落としていったこと。
曰く、オレが助かったのは奇跡だと言うこと。
理解はした、が、納得は出来ない。
「いや、有り得ねぇだろ……。」
いつ、この地獄は終わるのだろう。オレは目を閉じ考えた。あぁ、ここからが本当の暗がりの中なのだと、オレはこの時ようやく気がついた。
(紅茶の香り)
秋になると、毎年、水筒の中身を変えるようにしている。夏は麦茶。そして、冬は紅茶だ。
水筒の中にあったかいお湯を張って、紅茶のティーパックを沈める。それだけでお手軽に美味しい紅茶が飲めるのだから、いい時代だなと思う。
「お、今日も紅茶飲んでるの?」
「え、あ、はい。そうです。よく分かりましたね。」
この人は会社の憧れの先輩だ。美人だし優しいしで、皆の人気者だ。まぁ、僕みたいな日陰者にも声をかけてくれるのだから、その人気も納得である。
「あはは、そりゃあね。みんなコーヒー飲んでるから、水筒持ってる子は覚えちゃうだけだよ。」
「へぇ、なるほどですね。」
先輩は、じゃあ仕事に戻らなきゃだから、と笑うと、手を振りながらどこかへ行ってしまった。
……はぁ。
「で、惚れちまったと?」
「はい……」
「いつから?」
「話しかけてもらい始めてだから……えっと、三ヶ月くらい前ですかね。あ、でも自覚したのはほんと、つい最近で。」
「ほーん。」
昼休み、食堂で隣に座った男の先輩に相談してみた。のだが、
「いや、まぁ、可能性は低いと思うぜ。」
の一言で撃沈してしまった。
「だって、あいつ、よく働くし、よく笑うし、よく気が利くだろ?」
「はい……」
「だから、つまるところモテるんだよ、あいつ。」
「そ、そうですよね……。」
分かっていたこととはいえ、やはり、先輩はモテるらしい。普通に考えたら、僕には勝ち目は無さそうだ。だけど、諦めたくない。
「僕、これが初恋なんです……。今まであんまり話しかけてくれる人いなかったから。だから、できる所まで頑張りたい、です……。」
「おう、そういうことなら頑張れよ。応援してるぜ!」
……
結局その後、食堂を後にした僕は、先輩の一言を聞くことはなかった。
「あ、でも、よく考えたら、そんな、男にほいほい話しかけるようなやつじゃないんだよな……。男として見られてないか、或いは……」
……………………
……
「……さて、午後も頑張ろう。」
僕は気を取り直すために、紅茶を一杯飲んだ。
(愛言葉)
今日の朝はどうする?と問いかける声。
私はすかさず、目玉焼きとウィンナーと言った。
「了解、たまには違うのにすればいいのに。」
「いーの!それが最強なんだから!」
私のお気に入りは定番だけど、半熟の目玉焼きと、パリッパリのウィンナーだ。それをパンに乗っけて食べる。
ありがたいことに、彼は私のお気に入りを把握してくれている。
ほんと、よくできた彼氏だなぁ。かっこよくって、可愛くって家事もできて。まぁ多少、彼女としての贔屓目はあるだろうけど。
「んー?何笑ってんの。」
「えー、良い彼氏だなぁって思ってたの!」
「そう?やっぱり?」
彼はウキウキしながらキッチンへ向かった。ほんともう、こういうところが可愛いんだよなぁ。
さて、私は、朝食が出来るまでにカーテンを開けるのが仕事だ。まだ、重たい目を擦りながらカーテンへ向かう。
うーん。今日は、少し曇りみたい。寒いだろうから、上着を羽織っていこう、そう心の中で決めた。
それから数分後、もうできるから皿持ってきて、という声が聞こえた。
カチャカチャという食器の音に混じって、水道から水が流れる音や、遠くから雀の鳴き声も聞こえる。
私は、こんな平和な朝が大好きだった。
「これで最後かな。」
「あ、お箸がまだじゃない?」
「いいよ、今日僕もパンだし。」
「あ、ほんとだ。」
ガヤガヤと話しながら席に着いたら、目が合った。息を吸う。
「「いただきます。」」
それが私と彼の一日の始まり。
(友達)
びょう室から見える空が遠い。まくら元には、学校の友だちがおってくれた千羽づるがある。
「こんにちは、どう?具合悪くない?」
「……大丈夫です。」
かんごしさんは、それなら良かったと言って笑った。
「じゃあ、点滴、替えるね。」
……………………
「いつもの事だけど、点滴が切れたらナースコール押してね。」
「はい。」
ガチャリという音がして、パタパタとスリッパの音が遠ざかっていく。
そうなったらまた一人だ。
「さみしい。」
もうすでに半年はびょういんで生活していた。
……………………
…………
その日、夢を見た。学校の夢。
友だちと遊んだり、べん強をしたり……。
夢だけど、それでも楽しかった。
…………
目をさます。
「ん……ふぁ。」
ふと、顔をあげると、まどから空が見えた。あいかわらず遠い。でも、今日はなんだか違って見えた。
あんな夢を見たからかな。
手元にあった千羽づるをかざしてみる。太陽の光が透けて、おり紙がキラキラして見えた。
「綺麗……。」
それで、ぼくは、なんだか一人じゃない気がした。ここにいるよ、って。いっしょにいるよ、って言われているような気がした。
それはきっと、この千羽づるのおかげだ。
学校に行きたい。そのためにびょう気を治そう。
そして、学校に行ったら、千羽づるのお礼を言おう。
みんなのおかげで元気になれたよ、って!