(紅茶の香り)
秋になると、毎年、水筒の中身を変えるようにしている。夏は麦茶。そして、冬は紅茶だ。
水筒の中にあったかいお湯を張って、紅茶のティーパックを沈める。それだけでお手軽に美味しい紅茶が飲めるのだから、いい時代だなと思う。
「お、今日も紅茶飲んでるの?」
「え、あ、はい。そうです。よく分かりましたね。」
この人は会社の憧れの先輩だ。美人だし優しいしで、皆の人気者だ。まぁ、僕みたいな日陰者にも声をかけてくれるのだから、その人気も納得である。
「あはは、そりゃあね。みんなコーヒー飲んでるから、水筒持ってる子は覚えちゃうだけだよ。」
「へぇ、なるほどですね。」
先輩は、じゃあ仕事に戻らなきゃだから、と笑うと、手を振りながらどこかへ行ってしまった。
……はぁ。
「で、惚れちまったと?」
「はい……」
「いつから?」
「話しかけてもらい始めてだから……えっと、三ヶ月くらい前ですかね。あ、でも自覚したのはほんと、つい最近で。」
「ほーん。」
昼休み、食堂で隣に座った男の先輩に相談してみた。のだが、
「いや、まぁ、可能性は低いと思うぜ。」
の一言で撃沈してしまった。
「だって、あいつ、よく働くし、よく笑うし、よく気が利くだろ?」
「はい……」
「だから、つまるところモテるんだよ、あいつ。」
「そ、そうですよね……。」
分かっていたこととはいえ、やはり、先輩はモテるらしい。普通に考えたら、僕には勝ち目は無さそうだ。だけど、諦めたくない。
「僕、これが初恋なんです……。今まであんまり話しかけてくれる人いなかったから。だから、できる所まで頑張りたい、です……。」
「おう、そういうことなら頑張れよ。応援してるぜ!」
……
結局その後、食堂を後にした僕は、先輩の一言を聞くことはなかった。
「あ、でも、よく考えたら、そんな、男にほいほい話しかけるようなやつじゃないんだよな……。男として見られてないか、或いは……」
……………………
……
「……さて、午後も頑張ろう。」
僕は気を取り直すために、紅茶を一杯飲んだ。
10/28/2022, 7:00:56 AM