夢の中の君は
窓辺で
雨を眺めている
僕が何を話しかけても
振り向きもしない
だが、会話は続く
「雨、止みそうにないね」
「そうね」
「出かける予定がなくて良かったよ」
「そうね」
「コンビニくらいなら、今行ってこようか?」
「そうね」
「それともピザでも頼んでみる?」
「そうね」
間違いなく
夢の中の君は君だったけど
僕の知ってる君ではなかった
もう別れてから随分経つけど
あの頃の君に雨を降らせていたのは
僕だったんだね
#86「雨と君」
黒板に書く
明日の日直担当は、キミの苗字と隣にもう一人
一日違いのすれ違い
神様の意地悪に舌打ちしたって、
しょうがないね
いつか巡り会うボクらの未来に、
キミの下の名前がボクの隣に在れば、それこそが運命さ
キミに話したいことは、たくさんあるよ
たとえば、キミと二人で秋の夜空を見上げることができたなら、
アンドロメダの話を聞いてくれるかい?
帰宅時刻のチャイムが鳴る
今日の日直はボク一人
夕日が差す教室の隅で、日報に書く
「特になし」
#85「誰もいない教室」
黄色く点るあなたからのメッセージに気づいて、
赤になることは無いとわかったけど、
いつまで経っても青にもならないのね
「独りになるのが怖いんだ」
「誰かと深く関わることも怖いんだ」
それだけを知らせたかったのね
#84「信号」
つまらない男でごめん
甲斐性がなくてごめん
懐は浅いし
思慮も足りないし
共感性も乏しい
キミがオレに向けて話す言葉は
全て「めんどくさい」で片付けた
面倒なことはいつも
キミに擦り付けて
それでも責めないキミに
余計に腹が立つ
だから
最後の最後もキミのせいにした
あの時
キミのあの表情(かお)を見たら
やりきれなくなった
そうか
初めからキミの中に
オレは存在してなかったんだ
医師がキミに告げた
「何とも言えませんが、経過によっては突然死の可能性はあります」
それを聞いたキミの表情(かお)は
驚きでも
恐怖でも
憂いでも
諦めでも
無く
安堵だった
賢いキミならわかるだろう
この言葉の意味を
愛してもいない男と
この先の人生を無駄にするなら
一層のこと
「消えてくれ」
#83言い出せなかった「」
魔法使いが
王子様に会うために
人魚の私に足を与えてくれた
地上に着いて
私は泣いた
慣れない足で歩くことは
想像以上に辛くて
「こんなんじゃ、ドレスに合う靴では踊れやしない」
うずくまって泣いていると
一人の男の声がする
「足が痛いんですね」
「さあ、私の肩につかまってください」
「ゆっくりでいいですからね」
「大丈夫」
コクコクと涙で言葉にならず頷く
男の言うように
肩につかまり立ち上がると
男は私の身体を掬うように
抱き上げて、そのまま
男の住まいに私を置いた
こじんまりとした男の部屋で
少しずつ歩くことを覚えた
夜は男が私の足を優しく摩ってくれる
あんなにも痛くて
歩くことすら困難だった足は
男が用意してくれたスニーカーで
近くのスーパーに買い物に行けるようになった
男は朝起きて出かけると
夕方までは帰ってこない
手先が器用な私は
男のために料理をし、洗濯をし、
掃除もできるようになった
このところ
男を朝に見送り、男が帰ってくるのが
楽しみになっている
「私、王子様と踊る必要はなかったのね」
スニーカーを撫でながら
男の帰りを待ち侘びた
#82「Secret Love」