魔法使いが
王子様に会うために
人魚の私に足を与えてくれた
地上に着いて
私は泣いた
慣れない足で歩くことは
想像以上に辛くて
「こんなんじゃ、ドレスに合う靴では踊れやしない」
うずくまって泣いていると
一人の男の声がする
「足が痛いんですね」
「さあ、私の肩につかまってください」
「ゆっくりでいいですからね」
「大丈夫」
コクコクと涙で言葉にならず頷く
男の言うように
肩につかまり立ち上がると
男は私の身体を掬うように
抱き上げて、そのまま
男の住まいに私を置いた
こじんまりとした男の部屋で
少しずつ歩くことを覚えた
夜は男が私の足を優しく摩ってくれる
あんなにも痛くて
歩くことすら困難だった足は
男が用意してくれたスニーカーで
近くのスーパーに買い物に行けるようになった
男は朝起きて出かけると
夕方までは帰ってこない
手先が器用な私は
男のために料理をし、洗濯をし、
掃除もできるようになった
このところ
男を朝に見送り、男が帰ってくるのが
楽しみになっている
「私、王子様と踊る必要はなかったのね」
スニーカーを撫でながら
男の帰りを待ち侘びた
#82「Secret Love」
9/3/2025, 3:04:42 PM