自分では潤せない地面の渇きを
誰かの雨だけが優しく打つ
降られれば二度と戻れない
傘を差すまでもなく柔らかい雨
数え切れないそれら全てが心のかけら
ポカホンタスというディズニー作品がいちばん好きです。
雨の一粒一粒だって心も名前も魂もあって、みんな友達で、死んで誰かの糧になりまた巡る。ライオンキングのサークルオブライフでもありますが、命は丸いというフレーズが私を形作る芯になってくれてます。1人じゃないと思えるからとても素敵。みなさんの心の支えになったものは何でしょう?映画?ぬいぐるみ?だれか他の人?集めたら雨よりたくさんあると思うとワクワクしますね
柔らかい雨
初めから光などなければ辛くもなかったのに。
一筋の光が降りていた。
誰かが覗いているらしい。
幸福の中で見下ろす地獄はどんなに愉快か。
極楽はどうやら地獄の上に成り立っていて、覗き込めば苦しむ大勢が見えるようだ。救われたい。どうにか。
たった一度の希望を誰が他人に譲れるだろう。
ほんとうはあなたに救われてほしいのだろうか。
欲を剥ぎ取れば光より軽くなれるだろうか。
しかし一人では生きていけないのだ。
幸福も不幸も。
暗闇の中からでは、逆光で何もかも見えないのだから。
気まぐれでは救われてくれない地獄に落つ。
きれいごとでは生きていけないのです。たった一度のチャンスを掴みたがらない人間はいないでしょう。生まれ落ちたここが地獄なら、誰もがより良く生きていたいでしょう。死んだように生きる毎日に何の意味があるのか。誰かに譲るくらいなら生きていないし死んでいない。私たちは生まれた時からずっと一筋の光を掴んで生きているんです。神なんていないし、より良く死ぬために生きている。そういうふうに考えています。
死にたくないという想いこそ私の一筋の光。綺麗事では生きていけない世界を生きることは大変だと理解し合えるからこそ、誰かと同じ光を見続けたいと思えるのです。あなたのこれからの道もどうか、見失う事のないくらい光で満ち溢れますように。
一筋の光
秋や冬よりも、春がいちばんもの悲しい。
目に見えている終わりよりも遠く、
まるで永遠のような顔をしたものが次々死んでいく。
失っていくばかりを過ごすのはとても切ない。
夕暮れ時、枯葉の散る季節よりもなぜだか
咲き始めた花に舞う蝶たちがたまらなく哀愁を誘うのだ。
突然足元に穴が空いたような空虚感こそ哀愁。
春がいっとう好きです。待ち遠しいです。でも始まった途端終わってしまうことを認識してしまって辛いです。好きなシリーズの最終章、イベントや祝日の朝。哀愁を誘います。
哀愁を誘う
人は単独では生きていけない
人が個食をする様になったのは最近らしい
群れで生き食事を共にする生き物だから、個食よりも誰かと食事をした方が美味しい。だから鏡を前に置いて食事をすると少しだけ美味しさを感じやすくなるようだ
鏡は私を映す
醜さも美しさも包み隠さず
本当の私をいつだって見つめてくれている
鏡の中の自分だけがきっと心を癒すだろう
握る手さえないけれど、瞳だけは雄弁に。
昔から研究されている分野みたいですね。孤独には耐えられないように作られている生き物ですから、せめてわたし自身だけはわたしを愛してあげたい。醜さこそ生きている証なんですから。綺麗なだけなんて彫刻でじゅうぶん。
鏡の中の自分
ときどき太陽を見失う
その時はじめて気がつく
私がどこを彷徨っていたか
本当に目覚めているか分からないんだ
どこから本当でどこから嘘か
ロシナンテに乗って夜に飛び出す
花に誘われた蝶のように
トゥランの娘かサロメか
愛がどこに宿るのか眠りにつく前に教えて
細胞の一つ一つに心があるの
胎児の夢よりも見た幻みたいな現実で
何を失っていたか
覚めない不安感と生まれ落ちた罪悪感。
海に戻った鯨たちの孤独を思うと切なくなります。彼らの孤独が解るのはきっと夢見る人たちだけです。愛はどこに宿るのか、本当とは何か、鯨さえ捨てた地で私達は何処へ向かうのか。考え続けていたいです。
好きな小説や戯曲のドン・キホーテ、胡蝶の夢、トゥーランドット、サロメ、ドグラ・マグラ、52ヘルツのクジラたちを入れてみました。
眠りにつく前に