「みっともない」
と囁く唇から漏れる息が、啜り泣く寸前のものに似ていた。
辛くなってしまうのならそんなこと言わなければ良いのにと思ったけれど、私には到底計り知れない心の底を少しでも理解したくて、ただ両腕をその背に回した。彼女は鼻先を私の髪に埋めてしばらくそうやって呼吸を繰り返した。顔が見えないまま耳元で聞いたその音は、生まれてから取り込んだ音のうち最も切ない色をしていた。
明けない夜を探していた。
形のない悲しみばかり積み上げて試していた。
暗がりで触れ合う指先の温度が足を動かす。
あなたの風に荒らされる髪にイノセンスを見ていた。
それだけだった。
私の心の中であなたが見えなくなっても、時々瞳の中に姿を見てしまう。似た温度や肌、匂いなんかを探してしまう。「大丈夫」と繰り返しても地平線はどうやってもその腕の中だった。
あなたも誰かの瞳に私たちを見たら変わるのかもしれないけれど、きっと物語の一部にはしてくれない。
私が生きてない時間。
切なさを形にした呼吸がずっと離してくれないから凍えてどこにも行けなくなってしまった。
雪原の先なんてない、どこにも行けない、けれどその先へ進むあなたがどうしようもなくみっともなくて、私もみっともなくあなたばかりずっと。
ずっとそうだ。
美しいと謳った唇でみっともないなんて呪いを吐くから。
あなたの、白い腕の中だけが私の全てだった。
Ses bras blancs devinrent tout mon horizon.
雪原の先へ
凍える朝に手探りで探すのはいつもあなた
体温分け合っていられたら寒くはないのに
なぜだか体の中が寒くていけない、
分かり合えたら暖かいのだろうか
きちんと目を見て囁いて
心の空白を埋めあって
私たち何も知らないことなどないみたいに
恐れなどないみたいに。
凍える朝
あなたの目を通して見たら
きっと世界はずっと綺麗に見える
小さな小さな体の命はわたしには短い
象や亀から見たわたしはもっと短い
違う瞳の同じ景色で違う色の同じ世界
くらやみを緑色に反射する瞳に映る
あなたから見たわたしは何色
茶色を誇らしげに寝転ぶあなたは
あなたから見たらきっと緑色
空駆ける黒纏うあなたの余韻すら黒い
わたしから見たあなたは虹の色
見たことないもの見てみたい
降り注ぐ光すらきっと色付いて
もっとずっと好きになれるから
赤い顔も青い顔も
白い肌も黒い肌も
緑の羽も茶の毛も
ぜんぶが違う色の同じ色
見えるところと見えないところ
赤と緑と青の真ん中にあるところ
あなたの目を通して見たらきっと綺麗
Red,Green,Blue
わたしたち言葉で分かり合えるけれど
おんなじにはなれない
同じことばかり求めては違いを見ていた
わたしたちは蟻
わたしたちは羊
わたしたちは空を飛ぶ鯨
一本角の野獣、煙を吐く貝、回る惑星
わからなさを愛していたらいつかは愛せる気がする
群れていたいのは本能
揺れていたいのも本望
ひとりじゃないと苦しいけど
一人では生きられない
分かりたいのは愛したいから
あなたもわたしも愛したいから
仲間になれなくて嘆いていたのは
まだわたしたち何も知らないから。
ゆれるゆれる羊雲、射抜く光に何が見えたか
仲間になれなくて
流れてく星のそばで輝いている
月のようなあなたが輝いている
零れ落ちた私たちみんな宇宙のこども
同じ星屑から生まれた空の光よ
星を追いかけて
月を追いかけて
夜を追いかけて
同じように巡るわたしたち
同じいのちのこどもたち
星を追いかけて