失っていく切なさを例うなら、きっと秋晴れ。
ゆっくり、ゆっくりと変わっていく。
ふと視界の隅で落ちた葉が、いつの間にか赤く染まっていることに気がついたりする。
よくよく目を凝らすと生き物たちの姿は影を潜めていて、おや全く見当たらないぞと心配すれば鈴虫が鳴いていることもままある。夏の涼しさを嘯く風鈴の音よりも真実澄み渡っている風の、なんと心地の良いこと。しかし夏のむせ返るようなじっとりした暑さも、過ぎてみれば案外恋しかったりもした。
秋は、なんだか寂しくて恐ろしい。
また来ると分かっていても、萎んでいく命が。
潤いを失った景色すべてが死んでいく季節のようだ。
命の違いをまざまざと思い知らされる季節。
置いていかれる季節。
そうして死の気配を呼びながらもまだ生きながらえようと足掻くように、空はまったく綺麗で仕方がないのだ。
それは切なくて寂しくて恐ろしくて、酷く美しい。
美しさは退廃と共にあるように、きっと秋には切なさが重要なのだ。それがなければ、とても死にきれないのだろう。
何もかも失っていくのにそれでも空だけは同じ色。
季節の死を養分に、秋晴れは咲く。
秋晴れ
全部、つもりでしかなかった。
好きなつもり。愛しているつもり。
そうして置いて行かれる私の記憶すらも遠く風下へ。
好きなもの、嫌いなもの、流行っているもの。
それらを追ううちに本当に好きなものは一体なんなのか、思い出せなくなって、私は偽物なのではないかと疑ってしまうような心苦しさがありました。
学生、社会人、集めているもの、何かのファンでいること。
そういうバッチを外した時、私はそこに存在しているだろうか。何かに所属していないと存在できないことに恥入ります。きっとスワンプマンみたいな人生です。誰かの劣化版でしかない人生です。そういう風に歩いています。
本当の私を忘れればもっと楽に生きられるはずだけれど、私は少しだけ、私のことが好きだから忘れられないでいます。
忘れたくても忘れられない
目を開けないまま色を知る
それはいっとう美しい命の輝き
照さずとも見える砂浜みたいな愛しい光
目蓋の裏に映る景色全てが私のもの
わたしだけの、やわらかなひかり
どうやら自分自身の命が、私を照らし続けているようだ
やわらかな光
夢から覚めても夢
鋭い眼差しの向こう側
遠くで破裂した火の花を描く
鋭い眼差しの向こう側
水面に映る月より遠かった
鋭い眼差しに蝉騒 耳鳴のような
真暗の彼方で燃える花
こぼれ落ちる水滴ひとつひとつが月のかけら
それは言葉よりも尖った刃の切先
いつか覚めるなら夢
はたして本当に目覚めているのかがわからないのだ。
鋭い眼差し
(昨日のお題:放課後の続きのようなもの)
突然頭の上で鳴り始めた電子音に飛び起きる。内臓がヒヤリとしたのは一瞬で、すぐに音の出所を手にスイッチを切った。そして瞼の重さに負けてもう一度枕へと顔を埋める。
午前6時。夜の肌寒さが残る空気と、昇ってきた朝日がカーテン越しに当たって頭をすっきりとさせていく。ぼんやりとした耳をすませば僅かに窓の外からチチチ、と小鳥の声が聞こえてきた。これが漫画やアニメであれば清々しい朝とでも称するのだろうが、夜更かしを常とする人間からすれば恨めしいだけの朝である。再びやってきた睡魔に襲われつつもなんとか布団から這い出た。大きなあくびを一つして、部屋を出る。
自業自得とはいえなんとも億劫な朝だ。
そう毎日思うものの、しかし睡眠時間を増やそうとは思わなかった。生きている時間を楽しむには、睡眠はあまりにも人生を圧迫しすぎる。他の人からすれば無駄な時間も、自分にとってはなくてはならない時間なのだから、それを削るなんてことは到底考えられなかった。
そんな私は他者から言われることはもちろん、自覚済みの変わり者だ。
特に絵を描くことが好きだから、何よりも観察することに強いこだわりを持っている。人の手と目で得られる最上級のリアリティを追求したいのだ。その時の感情を含めて。
その影響は睡眠時間どころか普段の生活すらガリガリと削っているが、学校から帰って一度短い昼寝を挟むことでなんとか調節をしようとは努力している。とまあこんな感じで、私のほとんどの朝はいつも睡眠不足から始まっていた。
学校へ行く支度をしながら、いまだに覚醒しない頭で昨日のことを思い出す。いや、昨日だけじゃない。その現象は記憶が正しければ二週間ほど前から欠かさず起こっていたはずだ。何度思いだしても笑ってしまうような不思議な夢。いや、夢、だろうか。あまりに鮮明なせいで現実なのではと自身を疑ってしまうような、そんな夢。ブラウスのボタンを掛けながら、いやいや何をそんなバカなと首を振った。だってそんな、あり得ない。
_昼寝をしていたら見た事の無い教室にいて、母そっくりの女の子がいるなんて!
そんなこと、夢以外の何者だというのか。いくら何でも睡眠時間の削りすぎだろうか。そう笑って、日頃の睡眠を見直そうかななんて反省して、しかし残念ながらすでに二週間が経とうとしている。流石に病院にお世話になった方が良いくらいだ。笑っている場合ではない。
けれども、と思う。解せないのはなぜあの教室は見たことの無い作りをしていて、母そっくりの女の子が着ている制服も見たことが無いデザインなのかという点だ。確かに絵を描くことも観察することも好きだが、あそこまでリアルに見たことの無いものを夢の中で作り出せるだろうか。壁なんて見たことない不思議な素材で、まさか超能力や予言に目覚めたかなんていうレベルだ。最近は早くに寝付いてみたり、よく眠れると聞いた軽い運動やハーブなんか試してみたが一向に改善する気配がない。
だからなぜ、毎日同じようなあの夢を見続けているのかなんて、わかりそうもなかった。どうせなら好きなクラスメイトとか、かわいい猫の楽園とか、そういう夢なら楽しめたものを。誰に相談できるわけでも無い愚痴っても仕方のないことを内心吐き捨てて、鞄を手に家を出た。いってらっしゃいと見送る母の声に背中越しで返事をしながら。
変わり者を自称する私が例の夢を見続けてからなにも、ただ時を過ごそうと思っていた訳ではなく、色々試そうとはしたのだ。しかし大して動き回ることはできず、まっすぐ窓の外の見慣れない景色ばかりを眺めるくらいが精一杯だった。
そうするうちにまさかとは思ったものの、これという確信が持てなくて先送りにしていたのだが、どうせただの夢なら夢で良いし、もし本当にそうだったら面白いだろうと思って実行したことがある。
視線の先に、木を植えてみるのはどうだろうか。
いや動けないのではと思われるかもしれないが、別に夢の中で行うわけではない。起きているうちにこの場所と似たような景色を探して、そこに小枝を差し込んでみようと思う。
つまり、この夢は未来なんじゃないだろうか。と私は考えたのだ。
いくら見慣れないといっても、まわりを見渡す地形や校舎の感じがあまりにも現実と似ていたし、それにしては綺麗すぎる。そして極め付けは母似の女の子。それは母に似ている、というより私に似ている気がしたのだ。つまりあの子は、未来の血縁、あるいは子ではないだろうか。
自分でも意味不明なことを言っているとは思うのだが、こんなヘンテコな夢を見るくらいなのだからこれ以上何が起こったって不思議ではない。
そして、それはしばらくして実証された。
彼女はいつのまにか近くに立っていた。
初めの頃はまだしも、最近は話しかけるどころか近寄ることも無かったので驚く。
「ねえ。なにをみているんですか?」
彼女が返事を必要とする言葉を発したことに更に驚いた。そして問われて、なんと言おうかすこし考えて、やめた。なんにも見てなんていなかったから。確かに埋めたはずの小枝も、あると思った木も、そこにはない。だから少し考えてから、静かにその方向を指した。
すると彼女が怪訝そうに、「ただの、木?」と言うものだから、思わず笑ってしまった。
彼女には見えているのだ。私が植えた小枝は確かに成長して、彼女にだけ見えている。想像通りなら、間違いなくここは未来で、彼女も未来に生きているのだ。
ああ、なんておかしいんだろう!いま目の前でこちらを睨め付けているその目も、初めの頃に一方的に吐かれた嫌味も、全部未来で直接向けられるものかもしれない。未来の娘と会話するとは、なんて不思議な感覚。誰かにこのおかしな夢を伝えて見たいけれど、普段から変わり者のわたしが何を言ったところで、きっと誰も信じてはくれないだろう。
そして次第にニヤニヤしだした彼女を見て、この変人具合は絶対に私の血縁だ!と確信していた。
「はじめまして、あなたの名前は?」
差し出されるその手を握って、自身より少し冷えた指先を心配する。まさか高校生で親の気持ちになるなんて、と感動すら覚えた。そしてなんて言ってやろうか考えて、素直に名乗った時の反応を想像して私もついニヤリとした。
きっとあなたはこの先、わたしの親の顔しか知らないのだから。今だけは、対等な子供のように笑ってやろう。
子供のように