前に進めず、
後ろに引くこともできず。
右も左も立ち往生。
御先真っ暗とはまさにこのことか。
誰かに八つ当たりもできず、
叫びたいのをグッと堪えて
腹ただしい気持ちが消化不良なまま。
どうすればいいのだろう?
ただひとつ言えることは、
選択するか、しないか。
けれど選ぶことをしない自分は
目を背けているのだろう。
だからこうして、立ち尽くし続けている。
誰かにとっては
他愛のないものでも、
誰かにとっては
かけがえのないもの。
それは古ぼけたおもちゃだったり、
目に見えないものだったり、
誰かの想いだったりする。
気がついた時にはもう既に持っていて、
振り返る時にしか分からない。
その輝きが、温もりが、優しさがあれば
大丈夫、きっと明日も乗り越えられる。
宝物って、
そういうもの。
いつだって、瞳を閉じれば其処にある。
私が其処にいた証。
何回も思い返しては、
ああすれば良かったのかな、
とか。
こうすれば良かったのかな、
なんて思いながら。
けれど結局これで良かったのだと、
追憶を辿り確信する。
私が現在ここにいる証。
間違えたり、遠回りしてきた道のりかもしれなくとも、
私にとって、確かなモノ。
もしまた同じことがあるのなら、
きっともっと上手くやれたのかな。
それとも、あの時の自分だから
最善を尽くせたのかもしれないと。
雑念が頭をよぎる中、
前向きに捉えることにする。
そうすればきっと、
明日の自分をもっと
好きになれると思うから。
「たくさんの想い出」
ふと風に髪を弄ばれたとき、
喧騒の中遠くで響いた声、
傘に落ちる軽やかな雨音や、
背中に残る微かな温もり。
手を伸ばせば優しく包んでくれたり、
何気ない仕草が同調してしまえば、
思わず笑みが溢れることもあって。
なんてことはない日常の切れ端。
はっとして振り返ると、
暫く見つめてしまう。
あの柔らかな眼差しが、
今も其処にいるのだと。
ねぇ、
けれど呟いた声は
届かずに霞となる
−−はなればなれ
今日は中秋の名月。
まんまるの月といえば、私にとっては団子である。
「くぅ〜やっぱこれだよね! 風花堂のみたらし団子」
今年は中秋の名月に満月が見れると聞いて、慌てて買いに走った。ラスイチのお月見団子を購入できたのは本当についていると感涙したほどだ。みたらし団子が三本入っているだけなんだけど。
特製のみたらしがほんのりと焦げた団子にこれでもかと覆い被さって絡みついている。この甘さ控えめなみたらしと程よい弾力の団子の組み合わせ、もう最高としか言いようがない。自分の語彙力の無さが嘆かわしいとさえ思うほどに。
あー幸せ……
「なーに一人で食べてるわけ?」
幸せに浸っていると、いきなり右腕が引っ張られた。団子の行方を目で追いながら凝視し続けると誰かの口の中に消えていく。
「先輩……」
「あ、これ風花堂のだよね。うまいな」
視線を口から顔全体へシフトすると、先輩がもごもごと団子を咀嚼しているではないか。
口の端についたみたらしを舌で舐めとると、先輩は獲物をみつけたかのように瞳を爛々と輝かせながら笑っている。
あー、この人。絶対団子しか目に入ってない。
「うまいな」
「えと、よかったらどうぞ」
一本恐る恐る差し出すと、先輩は団子を見つめたまま歓喜の笑みを浮かべた。
「え? いいのか? いやー悪いなあ後輩。そこまで言うなら仕方ない、ありがたく頂戴しよう」
そんな涎を溢しそうな顔で言われても。どう見ても食べる気満々じゃないか。普段は澄ました顔だけに、他に誰もいなくて安心した。
いつの間にか初めからそこにいましたと言わんばかりに隣に陣取ると、先輩は団子を一口で食べた。ひとくちで。
「うまいな〜もごもご」
食べるの早くない? やだこの人、こんなに食い意地張ってる人だっけ? なんか最近、第一印象がどんどん崩れてる気がする。
「そういえば、今日は中秋の名月だったな」
先輩は満足げにこちそうさま、と言うなり空を見上げる。
つられて見上げれば、満月。
そして、隣には先輩。
「綺麗ですね」
「ん? そうだな」
ひやっとした涼やかな秋風が通り抜ける。
暫くお互い無言で眺めていると。
「あ、違うか」
「はい?」
「お前の方が、綺麗だぞ?」
いきなり何を言うのかと思いながら顔を向けると、先輩は悪戯が成功したかのように嬉しそうに笑っていた。
月明かりに照らされたその笑顔の方が、どれほど綺麗かと。
そう、思った。