私にはわからないよ
そこに到達したら何を獲得できるの
何をそんなに焦っているの
ねえ
君らしさが一個ずつ欠けていっているように感じるんだ
君が高みに向かって一歩踏み出す度に
少し不安になるんだ
ねえ
いつも冷静で
言葉選びが的確で
優しくて
一人ひとりの「好き」を大切にすることがてきて
今のままで君は十分すごいんだ
ずっとそのままでいてほしい
直接伝えたら調子に乗るから言わないけど
12才の時から私は君が大好きなんだよ
ただひとりの君へ
生まれたとき、この手は何を掴んだろう
お母さんの少し固い人差し指と
お父さんの爪に土が入った親指
あとは、たぶん、薄ピンク色のふわふわの毛布と
この世も悪くないなっていう小さな安心
10才のとき、この手は何を掴んだろう
覚えているのは
お父さんが残した味噌汁と
それを三角コーナーに流すお母さんの背中
あの日、夜中にトイレで起きたら
子供のような泣き声が聞こえた
そっとこたつの部屋をのぞくと
丸くなった小さな背中が不規則に上下していた
お母さんが、泣いていた
信じて疑わなかった安心がみるみる崩れていって、
知らんぷりしていた不安が目の前に立ち現れた
わたしはその隣に座って、泣いた
お母さんのそんな姿は見たくなかった
お母さんは私の頭をゆっくりと撫でながら
明日にはまた戻ってるから大丈夫だよと
疲れたように笑った
お父さんの機嫌が悪かったことを言っているのか
お母さんが泣いていたことを言っているのか
私にはわからなかった
ただ一つ、はっきりと抱いていたのは
明日がこのまま来なければいい
という悲しいほどに身の丈に合った脆い願望だった
あの頃の自分が強く強く握りしめていたのは
この家から追い出されたら、お母さんはどうやって生きていくんだろうという不安
あの後も強く握り込みすぎて、誰にも見つけられなかったんだろう
23才を迎えた今も、この手のひらには当時の不安がくすぶっている
ぎゅっと握りしめてみても
ぱっと開いてみても
消えやしない
真っ暗で気を抜けば吸い込まれそうな黒は
終わりの見えない宇宙のようであるけれど
なぜだろう
星も月も太陽も見えないんだ
手のひらの宇宙
「かんじんなのは結果じゃなくて、過程だろ」
ちくしょう、ちくしょう
ただしい君の一言がこの首を絞めるんだ
かていじゃない。私が望んだのは勝利だ
つかみたかったのは、君が手にした1位の証明だ
ただの一つも君が吐ける慰めはないんだよ
透明な涙
病める時も健やかなる時も、
あと一回遅刻すれば単位がもらえないとわかった時も、
バイト先の常連のおばあちゃんが、いつもありがとうと声をかけてくれた時も、
私の脳は広大な知識ネットワークの中で君という概念をピンポイントで活性化する。
そうなれば、
君がそこにいないことなんてお構い無しに、
私の指は君の手の平を感じるし、
私の耳は君の低音にくすぐったく撫でられる。
また今日も、身体中のそこかしこで強烈なシナプス結合と電気信号による混乱の伝達が行われていたんだよ。
どのぐらい強烈か?
それはもう、愛用のジェットストリーム(=ボールペン、最高の書き心地)をつい落としてしまうぐらいには強烈だった。
君からすれば知識ネットワーク上の活性化も、
シナプス結合による情報伝達も、
単なる身体的メカニズムの一つに過ぎないのかもしれない。
布団の中で寝返りを繰り返すあの「悶々」も、
電話越しの君の声への「慕情(人目をはばからずに言えば、とろけそうなほどに愛おしく思うという意味で私は溶解的恋慕と呼ぶこともある。参考までに)」も、
君にとっては体内のホルモンバランス云々の変化による至極当たり前な現象なのかもしれない。
たしかにね、一理あるよ。その論理は。
人間の体内の変化が先行し、その変化に意味付けを行う形で感情が生起する。
つまり、悲しいから泣くのではなくて、泣くから悲しいのだっていう立場だね。
でもね、私はこうも思うんだ。
もし、君が私にとって本当にどうでもいい存在であるならば、
そもそも体内のメカニズムに変化は生じないんじゃないかって。
私にとって何かしらヒットする部分が君には備わってるから、君を思うと身体の変化が起こる。
伝わるかな。よくわからんって感じだったら、返信の手紙でそう書いてもらえると嬉しい。
君がいつも、君の考えや感覚を丁寧に説明してくれるみたいに、私も君にできる限り「私」を正確に伝えられるように頑張りたいんだ。
少し長くなってしまったかもしれない。
忙しい中、ここまで読んでくれてありがとう。
じゃあ、また。
そら
追伸
日本ではインフルエンザが流行ってます。
そちらはどうですか?
どうか体調には気をつけてね。
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六分の1の重さになるって聞いたから、
重量級の愛を詰め込んだ。
何事もなくあなたのもとへ届きますように。
イヤホン越しに蝸牛の有毛細胞を揺らす低音が、心地良い。凝り固まった脳をじんわりとほぐしてくれる。
え、さっき授業で知った蝸牛と有毛細胞を言いたいだけだろって? さて何のことやら。
いやそうじゃなくて、その声の持ち主について、少し語らせてよ。あ、ちよっと待って。今、「ああ、これフィクションと見せかけて硫黄並みに臭いリアルの自分語り系だわ」って判断して閉じようとした人、いるでしょ? でもさ、ここまで読んでくれたのは何かの縁だし、どうせなら最後まで読んでってよ。ね?
その人の声はね、例えるなら温泉みたいなんだ。いや、そんなに高級な、お高くとまった響きではないから、どちらかと言うと実家のお風呂かもしれない。
時間の流れが通常の0.5倍速で、柔らかな湯気がその空間を満たしていて、ちゃぷちゃぷとどこか幼い擬音が泳ぐ、お風呂。
誰かに見せることなんて滅多にない、もろ肌を受け入れてくれる、お風呂。
ね、誰にも言わないでほしいんだけど、今の私の密かな夢はね、その人と一緒にお風呂に入ること。下心がまったくないと言えば、それはやっぱり嘘だけど、でもそれ以上に、非日常的と言っても過言ではないくらいに優しくて温かい空間で、桁外れに温かい声(と性格)を持つその人と、なんでもないことを一緒にダラダラ喋っていたいんだ。
これ本人に言ったら、引かれるかな。うーん、あの人のことだから平気な顔して、俺、風呂あんま好きじゃないんだよねとかぬかしそう。なんか、想像しただけなのに、何故だろう。少し悔しい。くそう、と呟きながら、拳を握りしめたくなる。そんな気持ち。
ともあれ、いつかその人とお風呂であったかいね
と笑い合えることを目指して、今日も今日とて口説き文句を考えているという報告をもって結びとさせていただきます。