生まれたとき、この手は何を掴んだろう
お母さんの少し固い人差し指と
お父さんの爪に土が入った親指
あとは、たぶん、薄ピンク色のふわふわの毛布と
この世も悪くないなっていう小さな安心
10才のとき、この手は何を掴んだろう
覚えているのは
お父さんが残した味噌汁と
それを三角コーナーに流すお母さんの背中
あの日、夜中にトイレで起きたら
子供のような泣き声が聞こえた
そっとこたつの部屋をのぞくと
丸くなった小さな背中が不規則に上下していた
お母さんが、泣いていた
信じて疑わなかった安心がみるみる崩れていって、
知らんぷりしていた不安が目の前に立ち現れた
わたしはその隣に座って、泣いた
お母さんのそんな姿は見たくなかった
お母さんは私の頭をゆっくりと撫でながら
明日にはまた戻ってるから大丈夫だよと
疲れたように笑った
お父さんの機嫌が悪かったことを言っているのか
お母さんが泣いていたことを言っているのか
私にはわからなかった
ただ一つ、はっきりと抱いていたのは
明日がこのまま来なければいい
という悲しいほどに身の丈に合った脆い願望だった
あの頃の自分が強く強く握りしめていたのは
この家から追い出されたら、お母さんはどうやって生きていくんだろうという不安
あの後も強く握り込みすぎて、誰にも見つけられなかったんだろう
23才を迎えた今も、この手のひらには当時の不安がくすぶっている
ぎゅっと握りしめてみても
ぱっと開いてみても
消えやしない
真っ暗で気を抜けば吸い込まれそうな黒は
終わりの見えない宇宙のようであるけれど
なぜだろう
星も月も太陽も見えないんだ
手のひらの宇宙
1/18/2025, 2:55:41 PM