NoName,

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7/4/2024, 3:30:58 AM

It's too hot.
I've stopped thinking.
I'll write it later.
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出張で私が子供の頃住んでいた町の隣りの市まで来た。予定よりも早く仕事が終わり時間に余裕があったので、昔住んでいた町に足を伸ばしてみることにした。

駅に降り立つと、木造の古い駅舎ではなく無機質なコンクリートになっていて面食らった。当たり前だが当時はなかった自動改札を抜け、駅前のロータリーに出た。この景色はあまり変わっていなくて少しホッとした。
住んでいたアパートに行く前に、通っていた小学校へ寄ってみることにした。
駅からは15分くらいかかったはずだったのに、10分もしないうちに着いてしまった。
40年以上前の卒業生とはいえ、「関係者以外立入禁止」と看板がある以上立ち入るわけにもいかないので、フェンス越しに校舎や校庭を見わたした。
こんなに狭かったか?
学校も町も。
そうではないことはわかっている。自分が大きく、大人になったからだ。子供の足で15分だったのだから。でも予想していた以上に学校も町も狭かった。
不意に懐かしいチャイムがなって、背中を押されるように私は小学校を後にした。

もうすぐだ。この道の先の辻を左に曲がると自分が家族と住んでいたアパートが見える…はずだった。
でもその場所はコンビニになっていた。
近所の光景も大きく変わっていた。
「40年以上前だもんな。」
歳月の流れを、この土地だけ止めることはできない。当然の事実だ。
私の思い出の景色はもはや私の頭の中にしかないことを思い知らされた。
私は足早に駅に戻ると今の自宅向かい帰途についた。



お題「この道の先に」

7/2/2024, 10:38:41 PM

梅雨の晴れ間というには過酷すぎる日差しに、頭がクラクラしたので、視界に入った氷旗のさげられた店に飛び込んだ。かき氷も悪くない。
ところがそこはこじんまりとした喫茶店だった。
カウンター席につく前に「アイスコーヒーを1つ。」と注文し、腰掛けてから軽くネクタイを緩めた。
「暑かったでしょう。いらっしゃいませ。」
水とおしぼりを僕の前に置きながら、その人はニコリと笑った。そして、おしぼりとは別に未開封のフェイス用と書かれている汗ふきシートをおいた。「それ、使ってください。さっぱりとして気持ちいいですよ。自分で使うつもりで香りがローズなんですけど、お客様がお嫌でなければ。」

僕は既に汗で湿っていた自分のハンカチを出したものの、諦めてシートを使うことにした。
「同じもの買って返しますから。」
僕がそういうと「え?10枚全部使っちゃうつもり?ふふふ」と今度は可笑しそうに店員ではない素の笑顔を見せた。
「買って返すだなんて。必要な分だけお使いになった後、残りは返却していただけましたらそれで大丈夫です。」楽しそうに笑いながら彼女は言った。
「あ、あぁ、スミマセン。」
僕は1枚だけシートを取ると、アイスコーヒーをカウンターに置いた彼女の手に、残りの汗ふきシートを手渡した。

あぁ、何だか暑さとは別の汗をかいた。
かき氷は次回だ。次回?いや彼女に汗ふきシートのお礼をしなくちゃいけないし?
アイスコーヒーは冷たくて、芳ばしい香りがした。でもそれ以上に、額の汗を拭うシートの薔薇の香りに僕は惑わされていた。




お題「日差し」

7/2/2024, 3:59:55 AM

クレームの入った取引先から直帰する旨を会社に連絡し、俺はバスに乗った。空席に腰を下ろすとぼんやり車窓を眺めていた。

「あ!」
彼女が歩道を歩いているのに気づき、俺は思わず降車ボタンを子供のように3連打してしまった。
次の停留所でバスの運転手に「スンマセンでした」と頭を下げてバス飛び降りると、俺は走った。

「せ、先輩!じゃなくてキョウコさん!」
彼女は振り返り、俺だとわかると驚いた様子で
「どうしたのこんな所で?!」と言った。
「いや、バスから見えたから。」俺が汗だくで息もたえだえ言うと、彼女は「明日も会社で会えるのに、そんな息が切れるほど走らなくても。」といって笑顔とハンカチをさし出した。

何故か下の方からの視線を感じてそちらを見ると、彼女の上着をツンツン引っ張る男の子がいる。
「ママ、このおじちゃん誰?」

「!!」

そうだった。彼女はシングルマザーだ。
俺が好きになって、よくよく考えたあと、交際を申しこむところまではいった。少し前から彼女を下の名で呼ばせてもらえるくらいの間にはなっていた。でもつきあうところまではいっていない。返事は急がないと言ってある。
まして子供に会う会わないは付き合ってからと思っていた。
それが、たった今ここで会うことになろうとは。
あまりの動揺に、走った時よりも汗の止まらぬ俺だった。



お題「窓越しに見えるのは」

6/30/2024, 10:49:59 AM

好きな人ができた私に祖母が教えてくれた。

「昔の中国では赤い糸ではなくて、赤い縄だったそうよ。それがいつしか運命の人とは小指と小指に赤い糸が結ばれているって変化したんだって。
でもその赤い系は、蝶結びだって知ってる?無理矢理ひっぱってたぐり寄せようとするとほどけてしまうの。だから、ゆっくり丁寧にたどるのよ。焦っちゃダメ。そしてもし、たどり着けたら、蝶結びを真結びに結び直すの。蝶結びのままだと何かの拍子にほどけてしまうから。
あなたの好きになった人との赤い糸がつながっていると良いわね。」

あの人の小指には私との赤い糸が繋がっているだろうか。繋がっていて欲しい。いいえきっと繋がっているはず。
あくまで比喩ということはわかっているけど、念のために正しい真結びの結び方をスマホで調べておこうと私は思った。


お題「赤い糸」

6/29/2024, 11:37:44 PM

母の出産予定が近くなり、私は夏休みということもあり、母方の実家に預けられることになった。小学校に入って最初の夏休みだった。3つ下の弟は家に残った。保育園児まで祖父母に預けるのは負担をかけ過ぎると判断したのであろう。
当時はそんな大人の事情など、小1にわかるはずもなく、私だけ捨てられたような気がしていた。

母方の実家は関東北部の山間部で、新幹線の駅だけが最寄り駅という田舎だった。
父は私を送り届けると、すぐさま家族と仕事の待つ東京へ帰った。私がここに1人残されるという事実を現実として感じて泣き出す前に。

山に囲まれた祖父母の家は何度か来ていて、知らないところではなかったので、心細さはすぐ消えたが、「新しい弟か妹が出来るから、僕はいらなくなるのかな」という思いで拗ねていた。
拗ねて縁側でただ寝転がって、ボーッと山を見ていた。

すると、山の稜線から、何かがもこっと見えたかと思うとみるみる上に上に盛り上がっていく。「お、入道雲か。山の向こうは雷が鳴っているかもな。」
祖父が言った。
「え?こんなに晴れてるのに?」臍を隠しながら私は聞いた。
「風向きによっては、こちらにもくるかもしれないから、そこのかざぐるまの様子をみて、風が強くなったら俺に教えてくれ。」
見るとペットボトルで作られたかざぐるまが庭の花壇に刺してあった。
結局その日は雷雨がくることもなかったが、それからは夕方になると入道雲とかざぐるまを観察するのが日課になった。
拗ねた気持ちもいつしか消えていた。

それから何回かの雷雨に見舞われた後、母が出産したことを祖母から聞いた。見せられたケータイの中に病室の母と新しい弟が写っていた。
「もう少ししたらアオイも帰っちゃうのね。さみしくなるわ。」祖母はそう言ってスマホの写真をを閉じた。
もう1人の新しい弟が生まれて3週間後、夏休み最後の日曜日に父が迎えに来た。

今、ビルの向こうにわきたつ入道雲を見ると不意に思い出す、幼い日の思い出である。



お題「入道雲」

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