母の出産予定が近くなり、私は夏休みということもあり、母方の実家に預けられることになった。小学校に入って最初の夏休みだった。3つ下の弟は家に残った。保育園児まで祖父母に預けるのは負担をかけ過ぎると判断したのであろう。
当時はそんな大人の事情など、小1にわかるはずもなく、私だけ捨てられたような気がしていた。
母方の実家は関東北部の山間部で、新幹線の駅だけが最寄り駅という田舎だった。
父は私を送り届けると、すぐさま家族と仕事の待つ東京へ帰った。私がここに1人残されるという事実を現実として感じて泣き出す前に。
山に囲まれた祖父母の家は何度か来ていて、知らないところではなかったので、心細さはすぐ消えたが、「新しい弟か妹が出来るから、僕はいらなくなるのかな」という思いで拗ねていた。
拗ねて縁側でただ寝転がって、ボーッと山を見ていた。
すると、山の稜線から、何かがもこっと見えたかと思うとみるみる上に上に盛り上がっていく。「お、入道雲か。山の向こうは雷が鳴っているかもな。」
祖父が言った。
「え?こんなに晴れてるのに?」臍を隠しながら私は聞いた。
「風向きによっては、こちらにもくるかもしれないから、そこのかざぐるまの様子をみて、風が強くなったら俺に教えてくれ。」
見るとペットボトルで作られたかざぐるまが庭の花壇に刺してあった。
結局その日は雷雨がくることもなかったが、それからは夕方になると入道雲とかざぐるまを観察するのが日課になった。
拗ねた気持ちもいつしか消えていた。
それから何回かの雷雨に見舞われた後、母が出産したことを祖母から聞いた。見せられたケータイの中に病室の母と新しい弟が写っていた。
「もう少ししたらアオイも帰っちゃうのね。さみしくなるわ。」祖母はそう言ってスマホの写真をを閉じた。
もう1人の新しい弟が生まれて3週間後、夏休み最後の日曜日に父が迎えに来た。
今、ビルの向こうにわきたつ入道雲を見ると不意に思い出す、幼い日の思い出である。
お題「入道雲」
6/29/2024, 11:37:44 PM