クレームの入った取引先から直帰する旨を会社に連絡し、俺はバスに乗った。空席に腰を下ろすとぼんやり車窓を眺めていた。
「あ!」
彼女が歩道を歩いているのに気づき、俺は思わず降車ボタンを子供のように3連打してしまった。
次の停留所でバスの運転手に「スンマセンでした」と頭を下げてバス飛び降りると、俺は走った。
「せ、先輩!じゃなくてキョウコさん!」
彼女は振り返り、俺だとわかると驚いた様子で
「どうしたのこんな所で?!」と言った。
「いや、バスから見えたから。」俺が汗だくで息もたえだえ言うと、彼女は「明日も会社で会えるのに、そんな息が切れるほど走らなくても。」といって笑顔とハンカチをさし出した。
何故か下の方からの視線を感じてそちらを見ると、彼女の上着をツンツン引っ張る男の子がいる。
「ママ、このおじちゃん誰?」
「!!」
そうだった。彼女はシングルマザーだ。
俺が好きになって、よくよく考えたあと、交際を申しこむところまではいった。少し前から彼女を下の名で呼ばせてもらえるくらいの間にはなっていた。でもつきあうところまではいっていない。返事は急がないと言ってある。
まして子供に会う会わないは付き合ってからと思っていた。
それが、たった今ここで会うことになろうとは。
あまりの動揺に、走った時よりも汗の止まらぬ俺だった。
お題「窓越しに見えるのは」
7/2/2024, 3:59:55 AM