会社が新体制になってからこっち、ろくなことが無い。システムが変更になったり、他の部署から異動になってきたやつが面倒くさい上に、早々に問題を引き起こしてその尻拭いをさせられたり。
異動してきたばかりだから仕方ないと思ってはいるけど、6月も半ばだというのにまだ初歩的なことでミスされるとかなりイラつく。
あーあ休みの日に閉じこもって、この狭く汚い部屋で鬱屈としたままいろいろ考えても、良くない方向へ思考が転がる。他のことを考えようにも俺には仕事しかないから仕事のことばかり考えてしまうのだ。
「やっぱりあそこか?」
結局行くところは決まっている。ちょいと離れた公園だ。1ヶ月くらい前のモヤモヤのピークになった時に行きはじめて以来、休みの日に気分転換の散歩の折り返し地点にしている。
その公園で、途中のコンビニで買ったコーヒーを飲む。会社のことをまったく考えず、ぼーっと景色を眺めて気持ちがおだやかになったら深呼吸する。そしてまた同じコンビニに寄って弁当を買って帰る。生姜焼き弁当一択だ。
今日は文庫本でも持っていってみるか。まだ蕾だったアジサイは咲いているだろうか。あったはずの文庫本を探しながら、公園から帰ったら部屋の掃除もしなくちゃなと思った。
お題「狭い部屋」
「あー、言いにくいんだけど、僕これから友達と約束があるからさ、悪いんだけど帰ってくれる?」(元)彼が言った。
「え?きいてないけど?それにあたし来たばっかりじゃん?」とあたしがこたえると彼は「君も僕の予定もきかずに突然来たんでしょ?」と着替えながら言った。
「だって前につきあってたときは、あたしが突然来ても約束あっても、いつもあたしを優先してくれてたじゃない。そうだよ、キャンセルしなよ。あたしといいことしよ?ね?」あたしは可愛く言った。どうよ。
ところが(元)彼は「それはつきあってたときの話でしょ?今僕らつきあってないよね」と言った。
え?どういうこと?あたしの動揺が顔に出ちゃったみたい。
追い打ちをかけるように「つきあってないよね。1ヶ月くらい前だっけ?君が悪かった、お願いだからやり直してって電話してきただけで、僕が何て返事したか覚えてないの?」と髪を整えながら言った。
(元)彼の返事?
そんなのこんなに可愛いあたしが言ったんだからすべての男の子はOKするに決まってるもの。聞いちゃいないわよ。
前の彼に捨てられて、怒りとさみしさで、電話に出そうな元彼リストからチョイスしただけ。
この(元)彼は前にも1回よりを戻したし。次を探すまでのちょうどいい男の子なら、誰でも良かった。
けど、でも、何よ。ひどくない?
支度を整えた(元)彼は私を押し出すように外に出ると玄関の鍵をガチャリと締めた。
そして(元)彼は1人でさっさと駅に向かってしまった。
あーあ、今夜どうしよう。
あたしメイクもお洋服もこんなに可愛く頑張ってるのに。男の子受けすることは何でもしてあげたよ。
何でいつもこうなっちゃうのかしら?
あたしばっかり可哀想。
ま、いいわ。さて、今夜のベッド探さなきゃ。
そしてあたしはスマホの元カレリストから、電話に出そうな男の子を探し始めた。
お題「失恋」
ママの好きな色なんだと思ったから、赤いお花の絵を描いて、ママにあげた。
「ありがとう」って言ってくれて、僕は嬉しかった。でも絵をよ~く見たママが怖い顔になって「これクレヨン?正直に言ってくれれば、ママは怒らないから」って言うから、ママの口紅で描いたって言ったら、めちゃめちゃ怒られた!
ママの嘘つき!!
お題「正直」
会社の近くの小さな映画館で懐かしい映画がかかっていることを知り、無性に観たくなった。
残業もそこそこにオフィスから出てビルの出入口へと向かう。
自動ドアを抜け外に出ると雨が降っていた。
しまった、オフィスの傘立てにおいたままだ。
取りに戻るか?映画館まで距離があるけど走るか?
「間に合うか?」独り言がつい口に出た。
すると後ろからピンクの傘が俺にさしかけられ、
「駅?傘に入ってく?待ち合わせ?」
と矢継ぎ早にきいてくる女の声がした。
振り返ると一つ上の先輩だった。テキパキと仕事をする人で、長い髪をいつも一つに束ねている。
「いや、映画観に行こうと。駅じゃないんで大丈夫っス。ありがとうございます。」とこたえて俺は雨の中を走ることにした。
ところが先輩が、「そこの小さい映画館?なら大して遠回りじゃないし、映画の途中でくしゃみしたらまずいじゃない?傘に入っていきなさいよ」と俺に並んで歩き出した。
よくわからないうちに俺は、先輩のピンクの傘の中で、先輩と相合い傘になった。そしてしとしとと降る雨の夕暮れを映画館まで歩くことになった。
傘の中の肩がぶつからないように俺は少し距離をあけた。不意に先輩のその細い肩が頼りなく思えて、肩を抱きそうになって慌てた。
傘からはみ出してる俺の肩に優しい雨が降っていた。梅雨も悪くない…か。
そう思ったら言いたくなった。
「あの、俺がこれから観るの、『ローマの休日』なんですけど、もし…、もし良かったら先輩も一緒に観ませんか?」
お題「梅雨」
私が高校に入学した年、お祝いにと祖父が金色のストップウォッチのようなものをくれた。
蓋を開けるとアナログの時計で、懐中時計というのだと祖父は言った。
「時計?いらないよ。スマホあるし、こんな安っぽい金色って、ちょっと。」と私がいうと祖父は、「そんなこと言わずに、その鎖も全部金無垢だ。困った時に売れば少しは足しになるはずだから。お守りだと思って持っていなさい。」と私の手に乗せた。
金無垢の意味がその時はわからなかったが、仕方なく受け取って自分の机の引き出しに無造作に突っ込んだ。
それから数年して祖父は病で亡くなり、結果的にあの懐中時計は形見になってしまった。そして私はなぜかそうしなければと思い、引き出しの奥から時計を探し出しお守りとして持ち歩くようになった。
大人になって「金無垢」の意味を知った。祖父がどういう気持ちでこれを譲ってくれたのかはわからない。でも懐中時計をみるたび、祖父が見守っていてくれると思うと、懸命に努力することができた。おかげで結局懐中時計を売ることも無かった。
私の性格から、こうなることを祖父は予想していたのだろうか?
そして今、私も孫を持つ身となった。
あの時の祖父と同じようにいずれ孫の中の1人に、この懐中時計を譲るつもりだ。
懐中時計と鎖の価値を当てにせず、自ら努力できる子に、「お守り」として。
お題「無垢」