ななしろ

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3/28/2023, 3:49:20 PM

 逃げろ、逃げろ! 悪魔が来るぞ!
 夜更かしする悪い子を拐いに悪魔が来るぞ。風に紛れて君の名前を呼んでいる。闇に紛れて君の声を聞いている!

 眠れ、眠れ! 悪魔が来たぞ!
 寝たふりする悪い子を探しに悪魔が来たぞ。震える呼吸を知っている。早まる鼓動を待っている!

 悪魔が来たなら。瞼を開いてはいけないよ。たとえ顔に吐息がかかろうと。耳元で楽しげに囁かれようと。開いたら最後、開いたら最後!
 悪魔は君を見つめている。目の前で、虚空の瞳で、悪い子の君を見つけている!

 悪魔がいたぞ、悪魔がいたぞ!
 傍らの君は見つけられて、見つめられて、魅入られて。
 ベッドの中には戻れない。笑う悪魔に連れられて、夜更かし悪い子は帰れない。
 見つめられると、帰れない。

3/27/2023, 2:21:07 PM

 この指先はあなたに触れたくても届きはしない。この爪先はあなたに会いたくても踏み出せはしない。瞳はあなた以外の眼差しを見つめ、耳はあなた以外の声を聞き、唇はあなた以外の名前を呼ぶ。
 わたしがあなたに差し上げられるものはただひとつ。身体の中心、誰にも見せない肉の内。激しく脈打ちわたしを生かすあたたかな臓器。あなたを密やかに愛することを許された、わたしの心臓ただひとつ。
 冷めないうちに、召し上がれ。

3/26/2023, 2:42:37 AM

「あんたがものを受け取るなんて珍しい。特に花は嫌いだって言ってなかったかい」
「ええ、好きじゃないわ。でも今回はお断りする理由がなかったの」
「……相手はあのお客か」
「うふふ。好きな人からの贈り物って、なんでも嬉しいものね」

 そう言って女は腕の中の花束を大事そうに抱え直した。どこに飾ろうかしら、と鼻唄でも歌うように呟くその表情は、向けられればころりと相手を落としてしまう甘やかなもの。恋する乙女の顔をした女を前に、女将は深くため息を吐いた。

「悪い女だよ、まったく。贔屓の客に自分の好みも教えてやらないなんて」
「健気って言ってちょうだい。それにね、あの人は贈り物に意味を込めているの。その意味を直接言葉で伝えてくれない限り、本当のことは教えてあげないわ」
「ロマンチシズムってやつかい? 向こうの方がよっぽど健気だねえ」
「可愛いでしょう? ……女将さん、手を出しちゃダメよ」
「安心おし。あんな若造、あたしの趣味じゃないよ」
「まあ! ふふ、そんな言い方はないじゃない?」

 女将の言葉をたしなめながらも、女は肩を揺らして楽しげに笑った。その様子に呆れを隠さぬ女将との間、女の細腕に抱かれて、房状に咲く黄色の花はやわらかく揺れているのだった。

3/25/2023, 7:20:47 AM

 卒業式が終わった後に部活の代表として先輩に会いに行くと、「最後は泣かない!」と自信満々で宣言していたはずの顔は既に涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。しんみりするどころか思わず笑ってしまった私の前で、ずびずびと鼻を啜る先輩は悔しそうにしている。

「式が終わる前には泣き止みたかったのにぃぃ……」
「まあ無理でしょ」
「ひど! ……でも仕方ないじゃん、いろいろ思い出しちゃったんだもん」

 とめどなくぽろぽろと涙を溢して、先輩は小さく呟いた。お別れくらいは笑顔でという気持ちもわからなくはないが、涙もろい彼女がこうならないはずがないのはみんな知っていたことで。むしろ最後まで変わらない姿に安心感を覚えながら、後ろ手に隠していたミニブーケをその泣きっ面の目前に差し出した。

「な、なにこれ」
「後輩一同からプレゼントです。改めて、ご卒業おめでとうございます」
「そんなの聞いてない! やだ、また泣いちゃうじゃん……!」
「いいじゃないですか、たくさん泣けば。朝のテレビで気象予報士さんも言ってましたよ?」
「……気象予報士さん?」
「本日は快晴、ですがところにより雨でしょうって。泣いてるのは先輩だけじゃないし……まあそんなに土砂降りになってる人は他にいないけど」
「あんたいっつも一言多いんですけど?! なんなのよもー!」

 サプライズのミニブーケを受け取ってブーストがかかった先輩は、もはや嵐のようにわんわんと声を上げて泣いた。その様子を見て私は声を上げて笑いつつ……実は一緒に雨を降らせてしまったのを、今はまだ、先輩だけが知らないままでいる。

3/23/2023, 10:23:57 PM

 あたしね、べつに、あなたの特別になりたいわけじゃあないのよ。他の女に甘い言葉を囁いて、熱い眼差しを送って、深く唇を重ねていても、あたしちっとも気にしないわ。その手があたしの肌に触れるとき、燃えるような情熱がなくたって、嫌に思ったことなんて一度もないの。だってあなたはそういうひと。あなたに焦がれる女を前にしても、眉ひとつ動かさない冷たいひと。
 いいのよ、あたし、あなたから何も貰えなくても。あなたの心が遠くにあっても。その冷たい横顔を好きになってしまったのだもの。

「ねえ、あなた」

 あたしあなたの特別になんてなりたくないわ。ただ約束してくれたらいいの。あなたが誰かを愛しているとしても、この部屋にいるときはその姿を見せないでいて。この部屋であたしを抱くときは、どうかひどいあなたのままでいて。

「あたしが特別愛したあなたのままで、いてくださいましね」

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