逢魔時―おうまがどき。夕方の薄暗くなる、昼と夜の移り変わり時刻。黄昏どき。魔物に遭遇する、あるいは大きな災禍を蒙ると信じられたことから、このように表記される。
「百鬼夜行?」
男は、同僚の言葉を復唱する。百鬼夜行・・・、水木しげるの作品でしか出てこない単語だと思っていたが、まさか現実世界に起こる出来事として聞くことになるとは思わなんだ。しかしながら、同僚の考察を馬鹿馬鹿しいと一笑することは、今の男には出来なかった。今から約一週間程前のことだ。ちょうど御彼岸が終わる日頃に、不可解な連続殺人事件の始まりの一件が起こった。ガイシャのご遺体は、頭部が異常な程に膨れ上がっており、手足がなく、まるで達磨のようだったという。連続殺人だと発覚したのは次の事件が起きてからだ。ガイシャのご遺体は、腹が妊婦のように膨れ上がっていた。解剖は行ったが子供はおらず、そもそもガイシャは男性だった。関連性は明白だろう。人間が成し得るには到底不可能な殺害方法であるということだ。早急に対策本部を立ち上げたはいいものの、その間に二人殺されている。これは稀にも見ない異常事態だ、日本中を震撼させる恐れがあると考えたお上は、とにかく暇な警察を片っ端から集め、事件の収束を図った。それから一週間とちょっと。事件はまだ鳴りを潜めない。以前として、犠牲者は増え続けている。
この世のものではない集団、または集団の行進―――百鬼夜行。警察が血反吐を吐くように、或いは目を血眼にして追い掛けている犯人(若しくは犯人たち)が、もしその集団に紛れているとしたら。
「おい、その百鬼夜行ってぇのは、いったいいつ見れるんでぇ」
犯人(若しくは犯人たち)を捕まえる絶好のチャンスだ。そして、男が昇進するチャンスでもある。いつからだったか、有名な大学を卒業したキャリア組であった男は、現場にいるありふれた警察へと陥落していた。しかし、だ。巷を、否、日本を騒がせている例の犯人をとっ捕まえることが出来れば、これ以上ない昇進への足掛かりとなる。ひょっとして・・・、日本中のヒーローとして祀り上げられたりとかもしちゃったり!
「おい! 百鬼夜行ってぇのは、いったいいつ見られるんでぇ!」
男は、喰らいつくかの如く同僚へと詰め寄る。興奮が抑えきれないらしい。つくづく人間とは救えない―――が、そんな愚かしい生き物が、我らにとっては一等美味なのだから死にきれない。元々生きてさえいないのだが。
「―――・・・?」
男は、よくやく目の前に立つ同僚が、自分の知っている人物と合致しないことを悟ったらしい。手が震え、足が震え、口が震え、全身が震撼している。日本が震撼する前に、お前が震撼してどうするのかと思いながら、???はユラリと陽炎の如く近寄った。男は、震える声で問うた。
「誰だ、お前は」
「―――・・・」
カチリと、ピースが嵌まった。
―――・・・のニュースです。昨日未明、河川敷に変死した遺体が打ち捨てられているのを、ジョギング中の女性が発見しました。遺体は臀部が不自然に膨張しており、警察は、先日起きた事件らとの関連性から、連続殺人事件と考えて間違いないそうだと・・・―――
眠れない夜は、朝が来るまでが悠久のように思えて、つい枕元にある携帯電話に手が伸びる。充電器を挿しているからか、ほんのり温かみを帯びたそれに人差し指を添えて、通話アプリを開く。誰か、こんな夜更けに起きていて、友人の拙い小噺に付き合ってくれる者はいないかな。人差し指を下から上にスライドさせて、そして一つ名前を見つける。ああ、コイツ。コイツならきっと、自分と同じで、眠れなくて『夜中』に飽いているに違いない。タップを一つして、画面を変える。今夜はどんな話をしようかな。
―――明けないLINE―――
「―――鐘の音だ!」
「―――ねえ、行ってみようよ!」
「―――絶対絶対、叶いますように」
「―――俺と、」
ブチッ。
瞬間、堪えきれずに電源を落とした。
顔から変な汗がだらだら伝ってゆく。不快で仕方なくて、部屋の窓を開けて風を一心不乱に浴びた。
最近話題になっている女性向け恋愛ゲーム、所謂乙女ゲームというやつに、二十歳を過ぎてから初めて手を出した。以前から友人にオススメされてはいたが、いい大人がプレイするようなジャンルのゲームではないと思い、今まで遠ざけていた―――しかしあの日は、高校の頃から付き合っていた彼氏と別れて、精神的にボロボロになっていた。だからか、手を出すまいと誓っていたゲームのパッケージに、手を伸ばしてしまったのだ。
結果。ボロボロだった精神はより悲惨なものとなった。ハッキリ言って、令和の乙女ゲームというものを舐めていたのだ。まさかあんなにも、キラキラ青春出来るだなんて思わなかった。
自分には存在し得ない高校時代ならまだ良かったのだ。しかしなにせ彼氏がいたわけだし、やろうと思えば、あんなアオハルのような経験が出来たかもしれない。それがまた、私の傷を深く抉ってきた。ていうか話は変わるけど、女友達可愛すぎないか? えーあの子たち攻略したいんだけど・・・。
「・・・・・・はあ」
初めてやったせいで、セーブの仕方もままならなかったから・・・やるなら、最初っからになるのか。最初から・・・あの青春を・・・。
ううっ。私もあんな青春をおくってみたかった。同級生と勉強に運動、部活に勤しみ、後輩と交流をしながら、他校の男の子と爆速で仲良くなる・・・そんな青春を・・・最後の方はともかくとして・・・。
ばたりと脱力し、カーペットに寝そべる。そしてゆっくりとそのまま目を閉じた。なんだか、ブーブーとうるさいスマホは無視して。どうせあれだ。私に電話をかけてくるなんて、会社の上司くらいなんだから―――。
ガラガラガラガラ、と音が鳴り、やがて中から白い玉が出てくる。「あー! 残念、ハズレ!」と言う声と一緒に、僕の手にテッシュペーパーが託される。ハズレ・・・、また、ハズレ。商品を千円分買うごとに付いてくる抽選券で、一万円の買い物をした僕は、流石に一等が出ることはないだろうが、五等くらいならもしやと可能性を見出していた・・・、そのことごとくが、全部・・・・・・。
悲しみに打ちひしがれている僕に、白い翼を背中に背負い、黄色に輝く輪っかを頭に乗せた自称神が舞い降り、一言。
「Oh・・・My god・・・」
そして姿を消した。それだけかよ!!
世界不思議。
セカイフシギ。二年三組。女。
「先生、違います。名字も名前も間違いです」
「ん、ああ・・・悪い。えーっと・・・」
「ヨカイワンダーです。セカイじゃなくてヨカイ。フシギじゃなくてワンダー」
「・・・悪かったね」
先生はそう言って、漢字の上に書かれたふりがなを消しゴムで雑に消した。
私は私で、先生との会話を経て、今一度自分の名前を頭の中で描く。
世界不思議。
小学校で習う漢字で構成されていて、書くこと自体に苦難はない。
問題は読みだ。
多分、一発で読める人はいないんじゃないだろうか。
名字の方は、まあ良い。文句を言ったって、両親に言って解決する問題じゃないし、頑張れば一発で読めなくもない。
けど、名前がなぁ・・・。ワンダーって。マ◯オじゃないんだから。
それにアレだ。このフルネームだと、最近終わりを迎えた番組に訴えられる可能性があるではないか。名前の後に「発見」が付いていたらと思うと、身の毛もよだつ恐ろしさだ。
確かに、この多様性の時代、キラキラネームだって普通の名前になるくらい、当て字は増えていると思うけれど、それにしたって、これはないと思う。
ティアラちゃんとか、ルビーちゃんとか、アクアマリンとかよりも酷いと思う。
泣きたくなるよ、全く。
なんだって両親は、こんな名前を付けたのかと不思議に感じる——不思議(ワンダー)だけに———ので、学校が終わったら、改めて母さんに聞いてみるか。例のあの番組を思い出したから、とか言いやがったら、・・・非行してやる!