「―――鐘の音だ!」
「―――ねえ、行ってみようよ!」
「―――絶対絶対、叶いますように」
「―――俺と、」
ブチッ。
瞬間、堪えきれずに電源を落とした。
顔から変な汗がだらだら伝ってゆく。不快で仕方なくて、部屋の窓を開けて風を一心不乱に浴びた。
最近話題になっている女性向け恋愛ゲーム、所謂乙女ゲームというやつに、二十歳を過ぎてから初めて手を出した。以前から友人にオススメされてはいたが、いい大人がプレイするようなジャンルのゲームではないと思い、今まで遠ざけていた―――しかしあの日は、高校の頃から付き合っていた彼氏と別れて、精神的にボロボロになっていた。だからか、手を出すまいと誓っていたゲームのパッケージに、手を伸ばしてしまったのだ。
結果。ボロボロだった精神はより悲惨なものとなった。ハッキリ言って、令和の乙女ゲームというものを舐めていたのだ。まさかあんなにも、キラキラ青春出来るだなんて思わなかった。
自分には存在し得ない高校時代ならまだ良かったのだ。しかしなにせ彼氏がいたわけだし、やろうと思えば、あんなアオハルのような経験が出来たかもしれない。それがまた、私の傷を深く抉ってきた。ていうか話は変わるけど、女友達可愛すぎないか? えーあの子たち攻略したいんだけど・・・。
「・・・・・・はあ」
初めてやったせいで、セーブの仕方もままならなかったから・・・やるなら、最初っからになるのか。最初から・・・あの青春を・・・。
ううっ。私もあんな青春をおくってみたかった。同級生と勉強に運動、部活に勤しみ、後輩と交流をしながら、他校の男の子と爆速で仲良くなる・・・そんな青春を・・・最後の方はともかくとして・・・。
ばたりと脱力し、カーペットに寝そべる。そしてゆっくりとそのまま目を閉じた。なんだか、ブーブーとうるさいスマホは無視して。どうせあれだ。私に電話をかけてくるなんて、会社の上司くらいなんだから―――。
ガラガラガラガラ、と音が鳴り、やがて中から白い玉が出てくる。「あー! 残念、ハズレ!」と言う声と一緒に、僕の手にテッシュペーパーが託される。ハズレ・・・、また、ハズレ。商品を千円分買うごとに付いてくる抽選券で、一万円の買い物をした僕は、流石に一等が出ることはないだろうが、五等くらいならもしやと可能性を見出していた・・・、そのことごとくが、全部・・・・・・。
悲しみに打ちひしがれている僕に、白い翼を背中に背負い、黄色に輝く輪っかを頭に乗せた自称神が舞い降り、一言。
「Oh・・・My god・・・」
そして姿を消した。それだけかよ!!
世界不思議。
セカイフシギ。二年三組。女。
「先生、違います。名字も名前も間違いです」
「ん、ああ・・・悪い。えーっと・・・」
「ヨカイワンダーです。セカイじゃなくてヨカイ。フシギじゃなくてワンダー」
「・・・悪かったね」
先生はそう言って、漢字の上に書かれたふりがなを消しゴムで雑に消した。
私は私で、先生との会話を経て、今一度自分の名前を頭の中で描く。
世界不思議。
小学校で習う漢字で構成されていて、書くこと自体に苦難はない。
問題は読みだ。
多分、一発で読める人はいないんじゃないだろうか。
名字の方は、まあ良い。文句を言ったって、両親に言って解決する問題じゃないし、頑張れば一発で読めなくもない。
けど、名前がなぁ・・・。ワンダーって。マ◯オじゃないんだから。
それにアレだ。このフルネームだと、最近終わりを迎えた番組に訴えられる可能性があるではないか。名前の後に「発見」が付いていたらと思うと、身の毛もよだつ恐ろしさだ。
確かに、この多様性の時代、キラキラネームだって普通の名前になるくらい、当て字は増えていると思うけれど、それにしたって、これはないと思う。
ティアラちゃんとか、ルビーちゃんとか、アクアマリンとかよりも酷いと思う。
泣きたくなるよ、全く。
なんだって両親は、こんな名前を付けたのかと不思議に感じる——不思議(ワンダー)だけに———ので、学校が終わったら、改めて母さんに聞いてみるか。例のあの番組を思い出したから、とか言いやがったら、・・・非行してやる!
視線の先にはきみがいる。いつもいつも、二十四時間三百六十五日、私の視線を釘付けにしちゃうきみが。
すき。すき、すき。
ああ、ああ、ああ! 今日もきみへの愛が止まらない!
授業をまともに受けろって叱られるのも、前見て歩けって咎められるのも、全部全部きみのせいだから、これは責任とってもらわないと、ちょっと割に合わないと思うな。
ああ、ああ! でもでも、やっぱり今日もきみはすてき!
今日もきみは、朝でも昼でも夜でも、一番ぴっかぴかに輝いている!
きみが日に日に遠のいて行くだなんて、そんなまさか信じられなくって、タイムマシンを作って使って、きみに触れられるくらいの大昔に行きたいくらい。
それくらい、すき。
だいすき。
ツキ合いたい!
雨が鬱陶しい、という一言に尽きる。傘をさしていても、足元はぐちょぐちょになって、靴下びちょびちょで不快極まりないので、切実に、梅雨は早く去ってほしい。
などと考えながら、隣にいる友人と、せっせと土を掘る。雨の中、わざわざレインコートを着てまで・・・、なんで俺はこんなことをしているんだと、夜更け過ぎにも関わらず、常識という二文字を知らない友人から電話がかかってきたことを思い出しながら、シャベルを握る手に力を込める。
えーっと、あの時なにを言われたんだったか。ああ、そうそう、確か、あれだ。今夜は朝にかけてずっと土砂降りだから、見通しが悪くて、そして人目に付きづらくて、更には土が掘りやすくて、なんとなんと土砂崩れが起きやすくて、土の中に人が埋まっていたとしても、とてもじゃないけど途方もない徒労を通して捜索することになりそうだから、絶好のチャンスなんだって、そういう話だったっけ。
ところで、これから埋めようとしているのは一体どちら様? と友人に聞けば、お前、と返ってきたので、ウケるwと言ってやった。