ずっと一緒だよ、と小指を絡ませたのは、女友達との思い出。
遥か昔の思い出。
七月七日の七夕の日、短冊に記した願い事は、好きな人と両想いになりたい、という、使い古された恋物語のキャッチコピー。
諦めが悪いのは、私の長所であり短所なのだけれど、流石に今回のこれは、自分でも笑ってしまうくらい酷すぎる。
彼女はもう、別の人と幸せになったのに。
不幸せになればいい、なんていうのは、これは、あれか。可愛さ余って憎さ百倍ってやつか。
まあ、そうだよね。だって私、聖人君子じゃないもの。私の方がずっとずっと好きだったのにどうしてなの、と情けなく喚いてしまうのだ。
そういう奴なのだ。
だから、だからせめて、今夜は。
土砂降りにでもなってしまえばいいと、思わずにはいられないのだ。
拝啓、彦星様へ。
厳しい暑さが続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。
私の家では、先日彦星様に頂いた朝顔が芽を出しました。健やかに育ってくれることを祈って、毎日水をあげています。無事開花した暁には、是非彦星様に写真をお送りしたいと思います。
さて、ひょんなことから、ただの人間風情である私が、天の川の傍で畜産に励んでいる彦星様と友好を結んだことは、記憶に新しい出来事ですが、貴方様と初めてお会いした際には、まさか、かの有名な彦星様と、このように手紙のやり取りをするようになるなどとは、想像もしていませんでした。何故ならば、私は彦星様のことを推したいしていますが、貴方様には、長年恋慕っていらっしゃる御相手方がいるからであります。
貴方様から恋愛相談を頂きましたその後は、織姫様とはいかがお過ごしでしょうか。週末は―――七夕の日は、曇のち晴れの予報となっていますが、万が一という可能性は捨てきれませんので、この度私は、てるてる坊主というものを作成しました。織姫様のお父様とされている方への神頼みというのも、幾分可笑しな話ではありますが、少しでも、貴方様の恋模様に太陽が差しますことを、地上から祈っております。
追伸。
運命の赤い糸、というものを妄信していらっしゃる貴方様に、別封して赤い縄をお送りします。どうか、私の『赤い糸』をお納め頂けますよう―――冥界から、祈っております。
月下老人より☆
私の彼氏が気持ち悪い。
「一度は引き離された俺たちも、たった一日という短い、しかし長い期間を過ごすことが赦されたわけだ。これを幸運と言わずしてなんと言う?」
「偶然」
「やはりオレたちは運命の赤い糸というもので繋がれているに違いないんだよ!」
「うわ、本当に気持ち悪い・・・」
運命の赤い糸。それは、所謂都市伝説といわれるもので、人の目には視えない細長い一筋の希望。その糸で結ばれたもの同士は、意図せずとも結ばれるのだと言う。そんな眉唾ものの噂を、彼は信じているというのか。信じて、それに縋っているのか。そんなものなどなくても、私たちは、もっと現実的なもので繋がっているのに。
「え、なに?」
「電話線」
「オレは声だけじゃなくて姿も見て話したいんだ!!」
「あ、そろそろ着るね。電話代嵩むといけないから」
待ってくれ、と叫ぶ彼氏に、私は容赦なく受話器を置いた。ガチャンッと大きな音が鳴る。毎晩毎晩、電話をするというのも、疲労が溜まるのだ。もちろん私だって、愛おしい彼と話すことが苦なわけではないのだけれど、それとこれとは話が別というわけで。
それに、
「もうすぐ会えるのだから」
充分じゃないか、と。
一週間後の今日という日に、赤く丸が付けられたカレンダーを見ながら微笑んだ。
晴れると良いな、貴方と逢うために。
小さい頃、愚直に信じていたもの。
両親。
友達。
赤色がトレードマークのヒーロー。
正義の味方。
それから、時が経って。
社会経験が出来る歳になって、色々なことを学んだ。
学校で習うことの大半は、社会に出たら通用しないこと。
正しいことを言っても、受け入れてもらえないこと。
私、私は。
ただ、自分の正義を信じているだけなのに。
子供の頃に憧れた、強きを挫き弱きを助ける、画面の前の正義のヒーロー。
「まだきみは子供だからね」
成人しているのに、大人の仲間として見られないらしい。子供だから。若いから。実力がないから。
・・・実力? 実力が、あればいいのか。
もっともっと、強くなって、私が一人で、悪者を倒すことが出来れば、あの人たちも、同級生も、大人たちも、私を認めてくれるのか。
なんだ。そんなに簡単なことだったなんて。
「気持ち悪い」
ひったくりをした男の人を捕まえて、後はお巡りさんに突き出すだけというところで、理不尽な罵倒を受けた私は、その人の背中を地面に押し付けながら、片腕を思い切り引っ張った。
「いたたたたた!!!!」
「なにがですか? どこがですか?」
「いてぇんっだって!!離せ!!!」
「・・・・・・逃げませんか?」
「はあ・・・っああ、そりゃ、もちろん」
信用ならなかったので、男の人を立たせると、彼の腕を後ろ手に組ませて拘束した。
「・・・・・・。あのさ、・・・まあ、どうでもいいんだけど、アンタ、毎度毎度なんでこんなことしているんだ? 正義感ってやつ?」
「貴方こそ、毎度毎度ご苦労なことですね」
どうせ私に捕まるのに。とは口に出さない。
実は、彼とはこれが初対面ではない。丁度一ヶ月前から週に一回、ここ可憐田町でお年寄りを狙ってひったくりを行っている。クソ野郎だ。
「毎回場所は変えているのに、目敏いもんだな、正義のヒーローってのは」
私は彼の言葉に、ぴくりと眉を動かした。
「正義のヒーロー・・・ですか」
「ん、違ったか? 髪も真っ赤で服もスカートも靴に至るまで赤に染めているから、てっきり憧れているのかと思ったんだけど。それとも、突撃されたいくらい牛が好きなのか?」
「牛が赤色に反応するというのは、赤っ恥の嘘っぱちです。ヒラヒラしたものに飛び付くというのが、正確な性質です」
「ふぅん。で、アンタが好きなのはどっち? 牛? それとも、正義のヒーロー?」
ピクッ、ピクピク。
ああ、また、まただ。
この人といると、腹の中がムカムカして仕方ない。だって、なんでまた、そんなにも人の心に土足で踏み入ってくるのか。彼には、社会経験というものが存在しないのだろうか。だから、他人との距離の測り方が分からないのだろうか。
「ねえ、どっち? それともどっちでもなくって―――ただ、社会貢献している自分に浸っているだけか?」
―――ああ、そうか。そうだったのか。
この人は、悪い人なんだ。
ずっと、気になっていた。ひったくりをする相手がお年寄りだというのは赦せないが、女性は狙わず、男性だけに限定していること。力関係では、私よりも彼の方が優勢のはずなのに、私に手を上げてこないこと。捕まって、諦めて、盗った物を返して、なのに変わらずにひったくりを繰り返していること。そして、言葉巧みに私を動揺させて、隙を付いた隙に逃げていくこと。
なにか、理由があるのではないかと思った。
ひょっとして、ひょっとすると、彼はいい人なのではないかと―――自分の正義を、貫いている人なのではないかと、そう思った。
それは、その考えは、まるっきりの間違いだったのだと、彼と対面して、四回目にやっと気がついた。
「貴方の脚、折ってでも連れていきます。お巡りさんのところに」
「・・・それは、困る。さっきの発言が気に障ったのだとしたら、撤回するよ。悪かったな。だから―――もし折るなら、右手にして」
あなたがいたから。
泣いているときも。
台風の夜も。
我慢していたときも。
虐められていたときも。
沢山助けてくれたね。
関係ないのに、首を突っ込んでくれて。
構ってくれて、ありがとね。
(―――正ヒロインの場合
(あなたのこと、大好きだよ!)
あんたがいたから!
泣いてないって言ってるのに!
台風なんて怖くないのに!
我慢なんてしてないのに!
イジメられてなんていないって!
助けなんていらないわよ!
関係ないじゃない、あんたには!
構わないでよ!
(―――ツンデレヒロインの場合
(あんたのことなんて、大っ嫌いなんだから!)
あたしがいたから。
涙が溢れたときに。
台風に怯える夜に。
我慢し過ぎたときに。
虐められたときに。
救けてくれた。
叶えてくれた、あたしが。あたしの代わりに。
肩代わりしてくれた。
(―――二重人格の少女の場合
(ありがとう、救ってくれて。)