うぐいす。

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 小さい頃、愚直に信じていたもの。
 両親。
 友達。
 赤色がトレードマークのヒーロー。
 正義の味方。
 
 それから、時が経って。
 社会経験が出来る歳になって、色々なことを学んだ。
 学校で習うことの大半は、社会に出たら通用しないこと。
 正しいことを言っても、受け入れてもらえないこと。
 私、私は。
 ただ、自分の正義を信じているだけなのに。
 子供の頃に憧れた、強きを挫き弱きを助ける、画面の前の正義のヒーロー。
「まだきみは子供だからね」
 成人しているのに、大人の仲間として見られないらしい。子供だから。若いから。実力がないから。
 ・・・実力? 実力が、あればいいのか。
 もっともっと、強くなって、私が一人で、悪者を倒すことが出来れば、あの人たちも、同級生も、大人たちも、私を認めてくれるのか。
 なんだ。そんなに簡単なことだったなんて。

「気持ち悪い」
 ひったくりをした男の人を捕まえて、後はお巡りさんに突き出すだけというところで、理不尽な罵倒を受けた私は、その人の背中を地面に押し付けながら、片腕を思い切り引っ張った。
「いたたたたた!!!!」
「なにがですか? どこがですか?」
「いてぇんっだって!!離せ!!!」
「・・・・・・逃げませんか?」
「はあ・・・っああ、そりゃ、もちろん」
 信用ならなかったので、男の人を立たせると、彼の腕を後ろ手に組ませて拘束した。
「・・・・・・。あのさ、・・・まあ、どうでもいいんだけど、アンタ、毎度毎度なんでこんなことしているんだ? 正義感ってやつ?」
「貴方こそ、毎度毎度ご苦労なことですね」
 どうせ私に捕まるのに。とは口に出さない。
 実は、彼とはこれが初対面ではない。丁度一ヶ月前から週に一回、ここ可憐田町でお年寄りを狙ってひったくりを行っている。クソ野郎だ。
「毎回場所は変えているのに、目敏いもんだな、正義のヒーローってのは」
 私は彼の言葉に、ぴくりと眉を動かした。
「正義のヒーロー・・・ですか」
「ん、違ったか? 髪も真っ赤で服もスカートも靴に至るまで赤に染めているから、てっきり憧れているのかと思ったんだけど。それとも、突撃されたいくらい牛が好きなのか?」
「牛が赤色に反応するというのは、赤っ恥の嘘っぱちです。ヒラヒラしたものに飛び付くというのが、正確な性質です」
「ふぅん。で、アンタが好きなのはどっち? 牛? それとも、正義のヒーロー?」
 ピクッ、ピクピク。
 ああ、また、まただ。
 この人といると、腹の中がムカムカして仕方ない。だって、なんでまた、そんなにも人の心に土足で踏み入ってくるのか。彼には、社会経験というものが存在しないのだろうか。だから、他人との距離の測り方が分からないのだろうか。
「ねえ、どっち? それともどっちでもなくって―――ただ、社会貢献している自分に浸っているだけか?」
 ―――ああ、そうか。そうだったのか。
 この人は、悪い人なんだ。
 ずっと、気になっていた。ひったくりをする相手がお年寄りだというのは赦せないが、女性は狙わず、男性だけに限定していること。力関係では、私よりも彼の方が優勢のはずなのに、私に手を上げてこないこと。捕まって、諦めて、盗った物を返して、なのに変わらずにひったくりを繰り返していること。そして、言葉巧みに私を動揺させて、隙を付いた隙に逃げていくこと。
 なにか、理由があるのではないかと思った。
 ひょっとして、ひょっとすると、彼はいい人なのではないかと―――自分の正義を、貫いている人なのではないかと、そう思った。
 それは、その考えは、まるっきりの間違いだったのだと、彼と対面して、四回目にやっと気がついた。
「貴方の脚、折ってでも連れていきます。お巡りさんのところに」
「・・・それは、困る。さっきの発言が気に障ったのだとしたら、撤回するよ。悪かったな。だから―――もし折るなら、右手にして」

6/23/2024, 11:02:28 AM