【 夢と現実 】
夜、寝るのが楽しみだ。
入院生活で、これといった楽しみもない僕には、
夢の世界だけが何よりも大事だった。
宇宙飛行士になって、宇宙遊泳したり。
体育教師のときは、子どもたちと本気でスポーツしたり。
デキるサラリーマンなんてのも面白かったな。
朝目覚めて、夢は夢に過ぎないことを痛感するのも、
もはやルーティンだ。
次第に夢を見なくなる日が多くなって、意識も朦朧状態。
自然と、自分の終わりが近いことを察するようになる。
もう、夢見た職業に就くのはもちろん、夢見ることさえ、
僕には許されなくなってしまうんだな…。
(来世とかあるなら、丈夫な体がほしいもんだ…)
意識を手放した僕は、目覚めるんだろうか?
恐怖を感じるよりも早く、僕は必然の眠りについた。
願わくは、これこそが夢であってくれと祈りながら。
【 さよならは言わないで 】
大事にされてきたという自負がある。
あなたを着飾ってあげられること、誇りに思うわ。
不運な事故とはいえ、私の役目は終わったの。
もう、あなたのためにしてあげられる体じゃないもの。
もちろん、離れがたいわ。
こんな体になったこと、その原因だって憎い。
だからといって、あなたを困らせたいわけでもない。
もともとが寿命ってやつよ、逆らえないの。
でも、きっと戻ってくるわ。
私たちだからこそできること…。
あなたの手元に、再び。
新しいガラスの器を纏って、ステキな香りを届ける日まで、
またね。
【 距離 】
「オレ、今日1着だったんだぜ!」
「ワタシもよ。これで連勝なの」
今日も、競走馬たちがお互いの近況報告をしている。
年間の出走数は多くないから、勝ちを得るのは重要だ。
「でもお前は長距離だろ?スプリンターの方が速いから、オレの勝ちだな!」
「何言ってんだか。持久力ならワタシの勝ちよ」
顔を合わせると挨拶代わりのケンカが始まる。
距離の違うレースでどちらが上かなど比較しようもない。
100m選手とマラソンランナーのどちらがすごいかと決めようがないのと同じだ。
「なら来週、同じレースで勝負しようぜ!」
「1800mなら受けてあげるわ。でも、来週は無理でしょ」
「オレならやれるぜ!」
「ちゃんと休むのも仕事よ」
今日も平和な、競走馬たちだった。
【 泣かないで 】
これは仕方のないことなんだ。
だからもう、ボクのために涙を流すのは終わりにして?
体中がボロボロになって、直しようもない状態。
まぁ、原因はキミなんだけどさ…。
今までずっと一緒だったもんね。
成長記録でもあるアルバムには、大体並んで写ってるし。
キミの色んな感情を見てきて、ボクも同じ気持ちになる。
だから今のキミの気持ちも分かるよ。
でも大丈夫。
キミはボクのことを忘れるべきなんだ。
薄情なんかじゃないよ、これこそが大人になるってこと。
ほら、最後にキミの手でボクを捨てておくれ。
バイバイって、それだけでいいんだ。
ぬいぐるみの役目は、これで終わりだよ。
【 愛情 】
僕には人を愛せないと思ってた。
君に会って初めて、湧き上がる気持ちに気付けた。
寒空の下、木の根元に横たわっていた君。
体は冷たく硬かったけど、なぜか連れ帰らなきゃと
思って、背負って帰ったね。
何も話せず、動きもしない君に感じた気持ちは本物だよ。
ただ、時間とともに腐臭と虫を発する形になって、
僕らはお別れすることになったよね。
出会った木の下に君を葬ったけど、新しい縁もあった。
君が連れてきてくれたのかな。
君に似て、やはり冷たく硬い体をしている。
僕の胸は高鳴ったよ。
また、大切にしてあげるからね…。