カーテン
それは些細な喧嘩だった
もうすぐ同じ家に引っ越す頃
今日は家具を買いに出かけようと約束をして
車で迎えに行って目的地に着いた
少し休憩も挟みつつ、お互い持ち寄るのじゃ足りないものを選んでいく。
ソファは3人掛けにしよう、茶色がリビングの雰囲気に合うんじゃないか
ベッドは絶対クイーン、って言いたいけどそんな広くないからダブルベッド
冷蔵庫はとりあえずお互いのを持ち寄ってしばらくは凌ぐことにして
洗濯機は向こうのを使うことにした
買い物は至って順調
あとは部屋の色を決めると言っても過言では無いカーテンのみだった
そこで問題が起きた
カーテンの色で意見が一致しなかった
私は落ち着いたグレーや茶色が良かった
貴方は黄色やベージュとか、明るい色で気分も晴れるといった
言いたいことも分かるし、確かに貴方の家はいつも明るくて活気さえ感じられた
けれど、家は自分がくつろぎ落ち着く空間だ
そこに活動的な色は不要だ
交わらない意見はどんどんと道を逸れていき
「あの時はこうだった」「でもその時はどうだった」と
昔のことを持ち出す典型的な良くない喧嘩の流れになってしまった
貴方は頭を冷やすと言って私の前を去ってしまい、引き留める暇もなかった
それからどれだけ時間が経っただろう
ほんの10分程度だったか、それとも30分は経っただろうか
体感的には3時間は経ったと思う
貴方はふと私の目の前に戻ってきてこう言った
「間をとって緑はどうか」と
確かに緑は目に優しく木々を思わせて落ち着けるし
生命力に溢れて元気も出そうだ
「それでいこう」
普通のカップルならここで謝罪のひとつでも言うのかもしれない
けれど私達はそれをしない
そういうルールなのだ
お互いに信念を持っているなら、無駄な謝罪はよそう、と決めたのだ
勿論必要な謝罪はするけれど
そうして私達の新居は緑を基調とした
落ち着きのある明るい部屋となった
「これから緑ばっかり探しちゃいそう」
「私はもう探したよ、てか買っちゃった」
数年後、私達の持ち物は緑のものばかりになっていた
涙の理由
雨が降っている
しとしとと降るそれは、道路を濡らして
街明かりを反射させている
まるで街を映す鏡のように、
人々の心を映すようにその雨は全てを示していた
貴方はそこに立っていた
雨粒に溶け込むようにシン、と傘もささずに立っていた
「なんであの日泣いてたの?」
「泣いてないよ、立ってただけ」
いつ聞いても貴方はこの答えしか返してくれない
決まり文句のその言葉は泣いていた、と確信するには容易くて
1人抱えるその意味をいつかは知りたいと
今日も私は貴方の隣を歩く
次の雨には話してくれると1粒程の願いを込めて
束の間の休息
いつも完璧であろうとしていた
周りからの視線
貴方の隣にいる自分
理想を追い求めて、自分のあるべき姿を繕い続けた
それを貴方は要らないと言うけれど
それでは自分が自分では無いようで耐えきれなかった
だからこの姿を求めることを選び続けていた
けれど、少し、ほんの少しだけ
この自分であることに飽きてしまった
気づいた時には電車に飛び乗っていた
見知った街並みは少しづつ姿を変えていき
読み方も知らぬ地名に辿り着いた
数日滞在したら帰ると心に決めて、連れてきてくれた電車と別れを告げた
すぐ帰るから、ほんの少しだけ
別人であることを許して欲しい
帰ったらまた、私に戻るから
力を込めて
その人は儚い人だった
地に足がつかないというか、
気づくとそばに居なくて
ふわふわと何処かへ行ってしまう
背中に羽でも生えているような人だった
いつからだったか、もう覚えてもいない
ある日突然だったのか
じわじわとそうなったのか
分かりもしないけれど
いつしかその人を好きになっていた
いつも隣にいるのに、
気づくと居ないその人を
繋ぎ止めるのはいつだって、
「死ぬまで貴方を愛してる」
爪が手のひらに食い込むほど
一生懸命に声に乗せる
そうすると貴方はいつも
「人間はすぐ死ぬ」
そう言ってまた私の隣を歩く