『大好きな君に』
僕らはよく、この海を一緒に散歩した。
よく晴れた暖かい日で、海岸沿いを歩いた。
真っ青な空に大きな翼を広げたトンビをよく覚えている。僕らの上をぐーるぐると周回して、獲物を探していた。
海は太陽の光をいっぱいに浴びてキラキラと輝き、砂浜さえも輝いて見えた。
シーグラスや貝殻、流木で溢れた浜は僕らにとっては宝の山だった。
裸足になって夢中で駆け回ったのを覚えている。
今となればガラスの破片だとか欠けた貝殻で、よく怪我をしなかったなと思う。
とにかく、僕らは一緒にその宝の山で各々大切なものを集めていた。
僕は龍みたいな流木を、君は綺麗な薄ピンクの二枚貝を宝物にしていた。
大学進学を機にこの街を離れた僕は、就職と共に戻ってきた。
1人で海岸を歩きながらあの日のことを思い出す。
高校の卒業式の日、僕らはここで散歩をした。
君のショートヘアは腰まで届くロングヘアに変わって、君より低かった僕の身長はすっかり頭2つ分高くなっていた。
寂しくなるねと笑う君は海を見つめたままだった。
僕は彼女のなびく髪を見つめるばかりで、手を伸ばせば届く距離の、その手を掴めなかった。
君がおもむろにネックレスを外す。
シルバーのチェーンには薄ピンクの貝殻が通されていた。彼女が僕にそれを差し出したが、戸惑って受け取らない僕に無理やり手に握らせた。
「片割れは私が持ってるから、だから約束ね」
そう言った彼女はポケットから同じようなネックレスを取り出した。
何が約束なのか、僕にはちゃんと伝わった。
言葉よりもずっと深いところで僕らは繋がっているような気がした。
大好きな君に、約束を果たしに来たよ。
ちゃんと来たよ。
2026.03.04
55
『遠くの街へ』
願うことならば、貴方と共に行きたかった。
私も一緒に連れて行って欲しかった。
貴方は悲しいくらいに優しい人でした。
傷つきすぎて、心を閉ざして、誰にも期待しないように諦めているような人でした。
それでも、私を救ったのは貴方でした。
どこにも行き場がなくて、ここじゃないどこかに憧れて、逃げ出したかった私を救ってくれました。
貴方は私にとっての唯一でした。
死にたい私は貴方のためならもちろん死ねます。
それでも、貴方のためなら生きたいとも思えます。
それは私にとっての最上級の愛でした。
幼い私には為す術なく、貴方に救われてばかり。
私も貴方を救いたかった。
あれから数年経って私も大人になって、今度こそ貴方を救おうと思いました。救えたはずでした。
あの日確かに貴方は言ったのです。
私に救われたって。救ってくれてありがとうって。
ねぇ、嘘だったのですか?
その言葉は私を思っての嘘だったのですか?
それならば、貴方は優しすぎます。
私をそれほどに思ってくれるのならば、
教えて欲しかった。
せめて一言言って欲しかった。
自由になりたい私を自由にさせてくれた貴方は、
自由に囚われてどこにも行けなくなっていた。
貴方を救うには、私はまた幼かったのでしょうか。
でもきっと、仕方がないのでしょう。
貴方はそういう人です。
でも、それでも、お傍に置いて欲しかった。
遠くの街へ行ってしまった貴方は幸せですか?
貴方のいるそこはどうですか?
今すぐあとを追いかけたいのに、貴方の言葉が呪いとなって行かせてもらえないのです。
あぁ、ほんと、ずるい人。
2026.02.28
54
『同情』
苦し紛れについた嘘はきっと貴方にはバレていた。
貴方はずっとそう。
優しくて、真っ直ぐで、自分自身を信じる人。
そして誰よりも人の痛みに気付ける人。
本当は私もそういう人でありたかった。
貴方の抱えてるものを私も一緒に背負って大丈夫って言える人になりたかった。
勝手に私の苦しみを抱えないで。
私を救ったくせに、貴方は私に救わせてくれない。
ずるい人。
出会った季節から一周して、また雪解けの気配がすぐそこまで来てる。
その間、貴方はずっと私を愛してくれていた。
深い深いところで繋がっていたはずなのに。
でもきっと、その結び目も気づかないうちに解けてしまっていたのね。
貴方はずっと過去に囚われたまま。
ねぇ、私が気づかないとでも思った?
ずっと忘れられないんでしょう?
でも私じゃあダメなんでしょう?
だから私は貴方を傷つけた。
貴方が私を嫌いになるように。
私の言葉で傷つくように。
もうこんな人、思い出したくないと思えるように。
本当、同情するわ。
私を忘れられない貴方に。
そして、貴方を忘れられない私に。
2026.02.20
53
『誰よりも』
君が死んだらしい。
学校について朝の会で担任が言っていた。
窓の外はいつでも雪が降りそうな曇天だった。
昨日の君はいつも通り、誰もよりも早く教室に来て本を読んでいた。
窓際の席で陽の光に照らされる君の横顔を見るのが好きだった。こっそり、バレないように覗くのだ。
君は他の女生徒とは少し違って、規則正しいスカートの長さに真っ直ぐな黒髪を1つ結びにした優等生のような人だった。本も分厚そうで、一度何を読んでいるのか聞いたことがあるが知らない小難しそうな題名だった。
明るく笑顔の優しい子で、運動神経もノリもいい子だった。みんな彼女が好きだった。
僕はそんな君の泣き顔を一度だけ見たことがある。
誰もいない、屋上へ続く階段の踊り場だった。
普段誰も通らない場所に君が1人で行くところを見かけて、後をつけたのだ。
僕に気づいた君は慌てて涙を拭って言った。
「ごめんね、こんな姿見せて」
その笑顔はいつもと違ってどこか痛々しくて、僕は何も言えなかった。
その代わり黙って隣に座ってハンカチを差し出した。君が泣き止むまで、僕は隣にいた。
いつも笑顔の君に何があったのかは分からない。
泣きたくなる日もあるだろう。
ただそれが、君との最後の関わりになると誰が想像できただろうか。
君がなぜ死んだのかは分からない。
事故かもしれないし、病気だったのかもしれない。
殺されたのかもしれないし、自殺かもしれない。
僕はあの時、もっと君に何かできたかもしれないと思ってしまう。
それでも、あれが最善だったと思うしかない。
あの時の僕は君にとって、誰よりも近い存在だったのかもしれない。
2026.02.16
52
『この場所で』
10年ぶりに地元へ帰ってきた。
僕が生まれたこの街は山に囲まれた港町で、朝日が眩しく海に反射する街だった。
ぼんやり海岸沿いを歩くと正面から猫が歩いてくる。漁業が盛んであり、廃棄となる魚は時々猫に与えられる。そのため尾びれがまだピチピチしている魚をくわえて、満足そうにしっぽをゆらゆらさせる猫を見かけることがある。
行き先を決めていなかった散歩はいつの間にか、小学校にたどり着いていた。
僕が君と通った、この一帯で唯一の小学校。
校門をくぐり、一瞬不審者になるかもと迷ったがそのまま校庭を歩く。桜の木はまだ咲いていない。
校庭の隅に避けられた雪の塊が黒く汚れている。
君と作った金魚のお墓はそのままだった。
児童は誰もいない。
それもそのはずで、この学校はすでに廃校となっている。取り壊されることも決まっていて、先延ばしにされ続けた日程もついこの前決まった。
古くて今にでも壊れそうな木造校舎は、それでも優しい光を外から受け入れ、歩く度に軋む床の音がひどく懐かしかった。
自分にはもう小さすぎる机や椅子は、僕が大人になってしまったことを教えてくれる。
「6年2組」の札のかかった教室に入る。僕が卒業した時と内装が全く変わらない。
窓際の前から2番目、それが僕の座席だった。
そして隣には君がいた。
君の長い綺麗な髪をよく覚えている。
卒業の日、僕は君とここで約束をした。
中学受験をして地元を離れる僕は、君に気持ちを伝えられないまま引っ越してしまった。それでも大人になったら、またこの場所で会おうと約束した。
僕は今から君に会いに行く。
スーツを着て大人になった僕を見て、君はなんて言うだろうか。
黒板に落書きをして、黒いネクタイを締め直して教室を出る。君の好きだった春は、まだ来ない。
2026.02.11
51