『この場所で』
10年ぶりに地元へ帰ってきた。
僕が生まれたこの街は山に囲まれた港町で、朝日が眩しく海に反射する街だった。
ぼんやり海岸沿いを歩くと正面から猫が歩いてくる。漁業が盛んであり、廃棄となる魚は時々猫に与えられる。そのため尾びれがまだピチピチしている魚をくわえて、満足そうにしっぽをゆらゆらさせる猫を見かけることがある。
行き先を決めていなかった散歩はいつの間にか、小学校にたどり着いていた。
僕が君と通った、この一帯で唯一の小学校。
校門をくぐり、一瞬不審者になるかもと迷ったがそのまま校庭を歩く。桜の木はまだ咲いていない。
校庭の隅に避けられた雪の塊が黒く汚れている。
君と作った金魚のお墓はそのままだった。
児童は誰もいない。
それもそのはずで、この学校はすでに廃校となっている。取り壊されることも決まっていて、先延ばしにされ続けた日程もついこの前決まった。
古くて今にでも壊れそうな木造校舎は、それでも優しい光を外から受け入れ、歩く度に軋む床の音がひどく懐かしかった。
自分にはもう小さすぎる机や椅子は、僕が大人になってしまったことを教えてくれる。
「6年2組」の札のかかった教室に入る。僕が卒業した時と内装が全く変わらない。
窓際の前から2番目、それが僕の座席だった。
そして隣には君がいた。
君の長い綺麗な髪をよく覚えている。
卒業の日、僕は君とここで約束をした。
中学受験をして地元を離れる僕は、君に気持ちを伝えられないまま引っ越してしまった。それでも大人になったら、またこの場所で会おうと約束した。
僕は今から君に会いに行く。
スーツを着て大人になった僕を見て、君はなんて言うだろうか。
黒板に落書きをして、黒いネクタイを締め直して教室を出る。君の好きだった春は、まだ来ない。
2026.02.11
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2/11/2026, 10:50:12 AM