光合成

Open App
3/21/2025, 2:15:07 PM

『君と見た景色』

空が淡い水色の日に、この関東でも桜が咲き始めたとニュースが流れる。
昨日までの冬の寒さはどこへやら、雪の溶けた水溜まりに桜の花びらが浮かぶ。

春休みの後半に差し掛かった3月の中頃。
僕は1人で地元の水族館に来た。
建物は綺麗だが所々に古さを感じる部分がある。決して広くはないが静かで、外の陽射しが水槽に反射して柔らかく館内を照し、ゆったりとした時間の流れるこの水族館が僕は好きだ。

君との初デートの場所もここだった。
君のお気に入りの大水槽もあの頃のまま、体長2m程のアカシュモクザメが優雅に泳いでる。
2匹が寄り添うように泳ぐ姿はまるで僕と君みたいだった。
「あの2匹みたいにずっと一緒にいられたらいいね」
そう言って笑う君がきらきらと眩しくて愛おしかった。
淡い陽の光に照らされたその瞳は輝いていて、幼い子供のように真っ直ぐに水槽を泳ぐ魚たちに向けられていた。
「綺麗だね」
そういう君の横顔を見つめて
「そうだね、とても綺麗だ」
僕はそう言った。

好きだった。
この空間が、この時間が、君の横顔が。

君がもうこのアカシュモクザメを見ることは無い。
ねぇ、この水族館、取り壊しが決まったよ。
君と見た景色はもう見られないみたいだ。
最後にもう一度だけ2人で来たかった。
君に見せてあげたかった。

2025.03.21
27

3/20/2025, 12:27:59 PM

『手を繋いで』

僕の恋した君は、クラスの人気者だった。

くりっとした大きな目。
ほわほわとした猫っ毛の茶髪。
笑った時にできるえくぼとキュッと細まる目。
色素の薄い瞳と血色の良い唇が映える白く柔らかな肌。
少し筋肉質でもちっとした足と腕。
背は小さく小動物を思わせる。

そんな彼女が僕は好きだった。
きっかけは些細なことで、図書館で同じ本を取ろうとして触れた指先が僕の心を奪った。
ほんのりと温かい彼女の体温が忘れられない。
その指先の触れるどれもに僕は嫉妬してしまう。

もう一度その手に触れたい。
僕のその欲求は日に日に増え、毎晩彼女を思って眠りにつく。
好きだ。かわいい。会いたい。触れたい。
僕だけのものにしたい。独り占めしたい。
誰に触れさせたくない。

ある日の放課後。
帰り道に彼女の後ろ姿を見つけた。咄嗟に電柱の影に隠れて彼女を観察する。
楽しそうに男と話す彼女。
僕の愛するその指先は知らない男と繋がれていた。
僕は腹の奥からドス黒い何かを感じた。
ドロっとしてて息苦しいそれは次第に嫉妬から怒りに変わり、憎悪や嫌悪となった。

許せなかった。
彼女の手が僕以外の誰かと繋がれているという事実に耐えられなかった。
僕は彼女が男と別れるまで背中を追った。
1人になったところで声をかけると彼女が微笑む。
“どうしたの?”
彼女のその声は音になることは無かった。
彼女の首をグッと締める。僕の手に彼女の手が触れる。
あぁ、君の手が僕に触れている。僕の手首を握っている。愛おしいなぁ。
だんだんと弱まる手の力さえも愛らしくて、僕はそっと僕の両手と彼女の両手を絡ませた。

そのまま彼女と手を繋いで家に帰る。
腕から滴る液体は僕の胸から溢れたドス黒い何かのように思えた。ぽたぽたと垂れる度にその何かが消えていくように感じた。

夜が明けるまで君と手を繋いで、幸せを噛み締めた。


2025.03.20
26

3/19/2025, 10:25:13 AM

『どこ?』

春に出会った貴方はとても穏やかな人でした。
ふわっと香る柔軟剤と、低くて優しい声の貴方。
少しおしゃべりで冗談がお上手なお方でした。
時々毒舌なところもありましたが、決して人を傷つけることを言わず、むしろいじめやら陰口やら、そういった類のものを嫌う人でした。

私は貴方との日々を重ねるにつれどんどん惹かれていき、いつしか片想いをしておりました。
貴方の横顔に思いを馳せ、次に会える日を楽しみにし、毎晩貴方のことを思って眠りにつくのでした。

この恋はいつ叶うのやら、私は臆病な人間です。
全く貴方への一歩を踏み出すことができないまま
月日は巡り、貴方は新たな道を歩み始めました。
旅立つその日、卒業される先輩方の胸元には誇らしげに桜が咲いておりましたが、貴方のものが他の方と比べて一等美しく感じられました。
シワのない重厚な黒い学ランにピカピカと輝く金のボタン。貴方だけが私には光って見えたのです。

その日の帰り道。私は真っ直ぐ家に帰る気になれずぼんやりと寄り道をいたしました。
河川敷に咲く早咲きの桜は満開ではらはらと花弁を散らしており、隣を流れる川をほのかな桃色に染めていました。

川に沿って歩き続けていると五十メートル程先にある橋の下から声が聞こえてきました。
好奇心に負けた私はそっと影から覗きました。
そこに居たのは私の恋する貴方でした。

貴方は人を殴っておりました。
顔を殴って、腹を蹴って、ボロボロの相手に止まることなく手を上げておりました。
怖くなって逃げ出した私は足元の石に気づかず、つまづいて転んでしまいました。
あっという声を出してしまい、貴方はこちらをちらりと見て近寄ってきました。
気づかれてしまった、どうしよう、どうしよう、どうしよう。
そう焦る私を見つめる貴方の瞳は私の知っている貴方ではありませんでした。

明るくて太陽なような貴方の瞳は、真っ黒に染まり冷たく鋭い氷のようでした。

あぁ、私の恋した貴方は、どこ?


2025.03.19
25

3/17/2025, 10:53:40 AM

『叶わぬ夢』

死を間際にして思い出すのはどの瞬間でしょうか?

第1志望の学校に受かったとき?
一世一代の告白をしたとき?
振られて朝まで泣いたとき?
大会で優勝して嬉し泣きをしたとき?
一生を共にしたいと思える人と出逢えたとき?

私が思い出すのは貴方と過ごした日々です。
出会った瞬間
初めてのデートで映画を観たとき
夕日を浴びながら海辺を歩いたとき
遊園地で大きな花火を見たとき
記念日を大切に祝った日
そのどれもが私の大切な思い出で宝物でした。
その全てを愛していました。

ずっと幸せでした。
愛する貴方とそばにいられた日々が私の幸せだったんです。
忘れられない思い出をありがとうございました。
貴方とは一生を誓い合いましたね。
生涯大切にすると貴方は言ってくれました。
その言葉が私は本当に嬉しくて、今でも思い出して泣きそうになるのです。
結婚して、子供は2人欲しいなと貴方は言いましたね。

それでも、ごめんなさい。
私では叶えてあげられませんでした。
ずっとどこかで分かっていたのです。
自らの意思でこんな選択をするなんて、貴方はきっと怒るでしょうね。
それでも過去の私との約束なのです。

貴方との約束はどれも叶わぬ夢でした。

幸せな夢を見させてくれてありがとう。
ごめんなさい。
さようなら。
身勝手な私を、貴方を独りに置いて逝く私を、
どうか許してください。
貴方へのこの気持ちだけは、本物なのです。


2025.03.17
24

3/14/2025, 1:18:17 PM

『君を探して』

君が桜に攫われて8年が経った。
僕は今でも君を探している。
思い出の場所も、君の故郷も、いつか行ってみたいと話していた場所も、その全てに君はいなかった。

どこを探しても君は、僕の思い出の中にしか存在しなかった。
この春でついに9年目になる。
僕はもう大人になってしまった。
夜の公園で2人、大人になりたくないって泣いた日があったね。
ねぇ、大人になっちゃったよ。
あんなになりたくないって願ってた大人になっちゃった。

本当はもう分かってたんだ。
この世界のどこを探しても君はもういないって。
僕がどれだけ歳をとって大人になってしまっても、君は子供の、あの日のままなんだって。
それでも見ないふりしてた。
分からないふりをしてたんだ。
だって、認めてしまったら、君のいない世界を認めてしまったら、今度こそ本当に君が消えてしまうような気がしたんだ。

僕はね、君に逢いたいんだ。
だけれども行き方がわからないんだ。
どうすれば君に逢えるの?
生き方も、逝き方も、何もわからないんだ。
君のいない世界は、寂しいよ。
心にぽっかり穴が空いて、その空白は何をもってしても埋めることができないんだ。

つまらない大人になってしまった僕は君に嫌われちゃうかな。
僕はまだ君を探すことをやめられそうにないよ。


2025.03.14
23

Next