『芽吹きのとき』
貴女と出会って五年が経ちました。
笑顔の可愛らしいあなた。
花がお好きだと仰っていたのをよく覚えています。
春は河川敷で満開に咲く桜を
夏は駅近くの向日葵畑へ
秋は谷に咲く彼岸花で
冬は雪の被る椿
四季折々の花をあなたと一緒に楽しみました。
花畑でスカートをヒラヒラさせて歩く貴女の後ろ姿をお慕いしておりました。
出会って二年目の春に私はあなたにプロポーズをしました。
顔を真っ赤にして薔薇の花を九本束ねた花束を差し出しました。その手は震えていて格好良いとはあまり言えませんでした。
そんな私に貴女は微笑み頷き、花束を受け取ってくれました。そして貴女はそのまま薔薇に顔を近づけ目を瞑りそっと香りを感じました。その姿が私には美しく非常に尊いもののように感じました。
出会って三年目、私たちは別れました。
お互いを愛するまま私たちは離れなければなりませんでした。
今日で出会って五年目の春です。
別れてから二年目の春です。
私は貴女に会いに行きます。ずっと怖くて足をなかなか運べなかったのですが、やっと貴女に会う心づもりができました。
満開の桜の下に静かに佇む貴女。纏う雰囲気はあの頃と同じ優しい花のようでした。
私はそっと石を撫でました。
貴女が下に眠る石を。
ひんやりとして硬くて、昔のような柔らかさはありませんでしたが確かに貴女はそこにいました。
ふと見ると、墓石の隅に双葉が生えているのが見えました。
芽吹きのとき、私はまた貴女に出会い別れたあの日から止まった時間が進み出すのを感じました。
2025.03.01
13
『あの日の温もり』
冬の雪の降る日。
携帯の着信音が鳴った。読書に夢中だった俺は、無視してまた後でかけ直そうと思い画面を確認する。
相手は電話が嫌いだという君だった。
珍しいなと思いつつ、何か嫌な予感がした。
「どうしたの?」
問いかけても君は無言のまま。しばらくして
「なんでもないの、何となくよ」
電話が嫌いなのに、そんな浮かんだ疑問は声に出さず頭の中で打ち消す。
「そうか」
彼女の背後で聞き慣れた音がする。
「…海にいるの?」
「…どうしてそう思うの?」
「遠くに波の音がするから」
「あはは、正解」
「君のことだからきっと、鎌倉だね?」
「さぁ?それはどうかしら」
何となく胸がどきどきする。怖い。
普通の会話のはずなのに、彼女の間のとり方、テンポがどこか恐ろしさを感じさせる。
「会いに行ってもいい?」
「私の居場所が分かるのなら」
「任せてよ」
彼女のいる場所には予想がついてる。
きっとあそこだ。
僕は走って家を出る。電車に揺られて20分。
そこから歩いて15分。
いた、白いワンピースの君。
「あら、見つかっちゃったのね」
君は僕を見て微笑む。
やっぱりここだ。僕らが初めて出会った鎌倉の海。
彼女の元まで走って駆け下りる。そしてその勢いで華奢な肩を抱きしめる。
「わぁ、驚いた。どうしたの?」
君は楽しそうに笑った声で言う。
「どこにも行かないで」
君を見つけてからやっと出た声は掠れて音にならなかった。それでも君には十分に伝わったらしく、僕の背にそっと手をまわす。
「…えぇ、どこにも行かないわよ」
君の体温が僕よりずいぶん低く感じた。
出会った日もこんな風に抱き締めあったことを思い出した。
君の低い体温が、あの日の温もりと重なって酷く懐かしく感じさせた。
2025.02.28
12
『cute!』
春
入学式で見かけた黒髪ロングの君。桜の舞う中スカートを翻して駆ける君の姿に一目惚れ。
なんともcute!
夏
クラスのみんなで行った海でポニーテールの君。水着に照れながらもビーチバレーに全力で挑む姿に二度目の一目惚れ。
とってもcute!
秋
紅葉が色づく頃に30cmほど髪を切った君。文化祭で好きだった人に失恋したと目を潤ませる君に3度目の一目惚れ。
べりべりcute!
冬
行事のスキー合宿で髪に天然の雪飾りをつける君。転んでも楽しそうな満面の笑顔に4度目の一目惚れ。
死ぬほどcute!
そして今日
髪を下ろして静かに眠る君。真っ白な百合の花と君の好きだった向日葵に囲まれた君に5度目の一目惚れ。
どうしようもなくcute!
この一年間、死にたいくせに隠して明るく振る舞う君が好きだった。
どんな君でも愛してる。たとえ死体になったとしても愛してる。
可愛い可愛い僕の君。
この先も永遠に愛してる。
死んでる君もスペシャルcute!
2025.02.27
11
『記録』
貴女の笑顔
貴女の好きなもの
貴女の踊る姿
貴女の歌う声
貴女からのラブメッセージ
貴女の生き様
全てを記録しましょう。
愛する貴女の全てを。
貴女の泣き顔
貴女の嫌いなもの
貴女の眠る姿
貴女の悲鳴
貴女からのダイイングメッセージ
貴女の死に様
全てを記録させてください。
愛する貴女の全てを。
知りたいのです。あなたの全てを。
身の心もその内側も全てが知りたいのです。
2025.02.26
10
『さぁ冒険だ』
またバイトをクビになった。これでついに10回目。
社会不適合者にも程がある。
俺には幼なじみのかわいい女の子がいた。
社不な俺とは大違いで真面目で優秀で、一生懸命頑張ることができる子だった。
高校卒業と共に彼女は難関国立大学、俺はFラン大学へと進路が分かれてからなかなか会うことも無くなった。
バイト先からの電話が切れ、公園でぼーっと空を仰いでいると、誰かが隣に座る気配がした。
見慣れた横顔がそこにあった。
あの頃よりも髪の伸びた彼女は久しぶりと微笑む。
その様子がどこか疲れてそうだった。
しばらくの沈黙の後、彼女は
「私ね、人を殺したの」
と突然言った。
「そうか」
俺はそれ以外の言葉が出てこなかった。
人を、殺した。
こういう時どう反応すれば良いのだろうか。俺が社不じゃなければ何かいい言葉が思いついたのだろうか。
「殺したのはね、兄を殺した犯人の1人。あともう1人いるんだけど見つけられなかった」
五年前の冬、彼女の兄は何者かによって殺された。
そうか、彼女はずっと犯人を追っていたのか。
「探すの?」
「うん、探す。絶対に見つけてこの手で復讐するの」
「そうか、分かった。それなら俺も手伝う」
「え?」
「俺も君の兄には恩があるんだ。だから一緒に犯人を探しに行くよ」
自分でもどうしてこんな発言をしたのか分からない。
それでも彼女を1人にする訳にはいかなかった。
「ありがとう」
今日初めて見る彼女の本当の笑顔だった。惚れた方の負けとはこのことである。
でもこれで覚悟は決まった。
さぁ、冒険だ。
世界から見捨てられた2人の冒険だ。
2025.02.25
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