不条理
安置所で布を掛けられた遺体がむくりと起き上がって
なんで私が死ななきゃならないんだよお!
と胸ぐらを掴んできた。
怖がり
友達が学校に来なくなった。
心配して理由を聞くと隕石が落ちてくるのが怖いのだという。
意味がわからないので会って話そうと誘うと外に出たくないというので家を訪ねた。
「隕石男?」
「雨男の隕石版みたいなもん。僕が出歩く先で隕石が落ちてくるんだ。周りの建物が壊れるし周りの人も怪我するし危険で迷惑」
「前は普通に出歩いてたのに」
「自分でも半信半疑だったからね。最初は投石と思う程度の被害だったし、頻度もすごく低かった。でも最近自分のせいだとわかって、被害も洒落にならなくなってきてこれはまずいんじゃないかって」
「隕石が落ちるって結構すごいことでニュースになったりするんじゃないの? この辺でそんなニュース聞いたことないけど」
「本当だって!何度も怪我してるし証拠の隕石もあるよ」
ほら、と出してきた黒い小石は隕石っぽく見えなくもないがそのへんに落ちていそうでもあった。
小さな傷跡も見せてくれたが隕石にやられたと言われると信じきれない。
「ちょっとその辺を一緒に歩いてみよう。隕石が落ちるとこ見てみたい」
「だから危ないんだって! 軽く考えてると本当に死ぬよ。特に最近は謎のプレッシャーが高まってて引きこもることで地球を守っているんじゃないかという気さえする」
「死なない死なない。そんな根拠のない危機感で引きこもってるのはおかしいから。外に出て何もなければ大丈夫だってわかるでしょ」
押し問答の末、彼を家から引きずり出したときは夕方になっていた。
二人で見た夕焼けは美しく、茜色の空に巨大隕石の影が浮かんでいた。
彼を家から出した5分後に地球は壊滅した。
星が溢れる
キッチンからバターの香りが流れてくる。
カシャカシャと軽い音をたててアルミ箔と針金で作られた簡易なフライパンを振っているのは始源の神だ。
姿は見えない。神は高次の存在なので我々が認識すると発狂して死んでしまう。
ポン!ポポポン!
フライパンの中で爆発が始まった。
ポポポポポポポン!ポポポポポポポポポ
爆発音は単発から連鎖的になりフライパンを覆うアルミ箔はどんどん膨らんでいく。
信じられないくらい膨張し風船のようになったそれに切れ目を入れると、香ばしい香りがして中から星が溢れ出した。
輝きで部屋が明るく照らし出される。
「たくさんできてしまうのでご一緒にいかが」
ということでこれを作るときは時々呼んでくれる。
大盛りの星に塩を振って、私は珍しい青い色をした星を口に放り込んだ。
安らかな瞳
波を追いかけて走る。
ひときわ大きな波が引いて足元を砂が流れたあと、濡れた砂浜がうぞうぞと動きだした。
小さな貝があちらでもこちらでもいっせいに砂から這い出してひしめきあい盛り上がっていく。これだけの量がどうやって埋まっていたのか。
見渡す限りのそれらがパチリパチリと口を開けると中で目玉が瞬いた。
きょろきょろと辺りを見回し、見つけた、とでもいうようにこちらを注視してくる。
あっという間に大量の目玉に囲まれてしまい、恐ろしくなって海岸から離れてホテルのパーティー会場に戻った。
ちょうど新しい皿が運ばれてきたところだ。巨大な閉じた二枚貝が花や果実で飾られている。
中央テーブルに安置されたそれにシェフが液体を注ぐと、ごつい貝殻がゆっくりと口を開けた。
中にはやはり目玉。
見たこともないような安らかな瞳と目が合った。
ずっと隣で
幽霊のいる部屋に引っ越してしまった。
部屋にいる間、姿の見えない霊がずっと隣にいて話しかけてくる。
他に何をしてくるわけでもないし話の内容もたわいない隣近所の噂話だから同居人のようなものだと考えることもできるが、なにしろひっきりなしで一人にさせてくれない。
仕事に集中したいから黙っていてくれと言うと意地になるのか余計に話しかけてくる。玄関やベランダに移動してもついてくるしヘッドホンで音楽を聴くとそれを貫通するほどの声量で話しかけてくる。風呂やトイレでも遠慮なしに耳元で喋っているのでやめろ出て行けと叫んだり暴れたりしたが通じない。
とにかく私の意識を自分に向けていたいらしい。
私が考えごとをしたり書き物を始めるとすかさず話しかけて介入してくる。
騒がしい実家を離れ、静かに趣味の小説を書きたくて部屋を借りたのにこれでは意味がない。
お札を貼ったりお経の音声を流したり十字架やニンニクを置いてみたりしたが一切効果がなく、どう頼んでも絶え間ない介入をやめてくれないので、私はやりたいことは外で済ませて睡眠と身支度のためだけに部屋を使うようになった。
小説も喫茶店などで書くが、家でネタを思いつくと少しメモしたり書いたりすることもある。
そういうときも幽霊はすかさず話しかけ、意識を自分に向けようとしてくる。
最近、幽霊はこちらの情報を探り出そうとしてくるようになった。
外で何をしているのか、仕事は、経歴は、家族は、交友関係は。
外にいるとき幽霊は現れないが、ある程度私の情報が集まったら幽霊は部屋ではなく私に憑いて私の行くところどこにでも現れるようになるのかもしれない。
幽霊はなんでも知りたがるが唯一私が書く空想の話にだけは興味がない。
書き物を遮って身の上を詮索されると、私が楽しんでいる空想の世界には価値が無いしどうでもいいから個人情報だけ渡せと言われているようで寂しくなる。
幽霊は私のことが好きなわけではなくて取り憑くための素体だと考えているのかもしれない。