『Special day』
今日はあいつの誕生日だ。
365日、どの日だって数えきれないほどの人間が生まれている。
今日だってあいつ以外にも生まれた人間はいくらでもいる。
だけど、あいつが生まれたからこそ、オレにとって今日という日が大切な日となった。
『夏』
ジリジリとした日差しが肌を突き刺す。
それに加えてサウナのように蒸しあがった空気が、僕からやる気と気力を奪っていく。
ああ、夏は嫌いだ。
暑いし、虫は増えるし、電気代も高いし、良いことなんて何もない。
そう思っていた。
「今日も暑いねぇ」
隣を歩く君が微笑む。
真っ白なワンピースが雲ひとつない青空によく映える。麦わら帽子についた小さなヒマワリの飾りも愛らしい。
それだけで、夏もまぁ悪くないかもしれない、なんて思ってしまう。
「ねえ、アイス食べて帰ろう?」
「また?」
「だってこんなに暑いんだもん。ほら、早く行こう!」
少し汗ばんだ小さな手がぎゅうっと僕の手を握った。それだけのことで愛おしさに胸が温かくなる。
僕はしゃがんで小さな娘と視線を合わせる。
「ママには内緒だよ」
「ええー!?それじゃあママかわいそうだから、ママの分はおみやげにしよ」
「なるほど、ママも共犯にしてしまうとは、君も考えたものだ」
「きょーはん?」
「ええっと、皆で一緒に食べた方がおいしいから、僕たちの分も持ち帰りにしよう、ってことだよ」
「うーん……すぐ食べたいけど、ママも一人で食べるの寂しいよね。うん。分かった!そうする」
相変わらず夏は好きにはなれない。
けれど、昔よりは嫌いではなくなった。
『隠された真実』
※BL セリフのみ
俺×僕
「僕の秘密を教えてあげようか」
「いらねえ」
「つれないなぁ。せめてそこは、どんな秘密かくらいは聞いてくれよ」
「お前がそういう回りくどい言い方する時は、大抵くだらねえこと言い出すってのは、もう分かってんだよ」
「僕が君をどう思ってるか、って言っても興味ない?」
「それもとっくに知ってる」
「へえ? それは逆に聞いてみたいな」
「お前が俺を好きなのは、態度でバレバレだ」
「否定しないけど、そう恥ずかしげもなく言われるとこっちが恥ずかしくなる」
「ハ、聞くまでもなかっただろ?」
「でも、その答えはハズレじゃないけど、正解でもないんだ」
「はぁ? どういうことだよ」
「ほら、聞きたくなっただろ?」
「別に。ただ、お前がどうしても話したいみたいだから聞いてやる」
「相変わらず素直じゃないなぁ。まぁ、でも素直じゃない君の精一杯のおねだりだから教えてあげよう」
「もったいぶってないで、さっさと言え」
「じゃあ、耳を貸してくれ」
「この部屋には俺たちしかいないんだから、そんな必要…」
「こうした方が秘密を打ち明ける雰囲気が増すじゃないか。ほらほら、早く」
「ったく、面倒なヤツ」
「うん、素直でよろしい。それじゃあ言うね。君のこと、好きを通り越して愛してるんだ」
『夏の匂い』
BL
君と二人きり、夏の夜の公園で花火をした。
あの時の、火薬の燃えるどこか寂しげな香りが、ずっと脳裏に焼きついている。
あの時君に好きと言えてたら、今も君は僕の隣にいてくれたのかな。
花火を見る度に君を思い出して、今もまだ胸が締め付けられる。
『カーテン』
BL
新居は築十年の2LDK、駅から徒歩十五分の賃貸マンションだ。
「まずはカーテンからつけようか」
そう言って、カーテンとでかでかと書かれた段ボールを開けているのは、俺の恋人だ。
俺と同じくらいの身長だが、男にしては華奢な体つきで、綺麗な顔立ちはいくら見ていても見飽きない。
日当たりのいい窓から日差しが燦々と部屋に降り注ぐ。
この日当たりの良さもここを選んだ理由の一つだが、恋人の言う通り、カーテンをつけないと通りを挟んだ向かいのマンションから部屋の中が丸見えのままだ。
開けられた段ボールの一番上には、この部屋のために買ったレースのカーテンがビニールに梱包されて入っている。
恋人はそれをビニールから取り出した。そして、広げてからしげしげとそれを見る。
「どうかしたか?」
「うん……花嫁のベールみたいだなって。姉さんが結婚式でつけてたのこんな感じだった気がする」
「おいおい、ウエディングドレスの衣装とホームセンターの安物カーテン一緒にしたら、お前の姉さんも怒るだろうよ」
「はは、そうかも。ドレス選びに何件も店回ってたみたいだからなぁ。義兄さんが正直どれも同じに見えるって愚痴ってたよ」
恋人の姉は昨年結婚し、今は妊娠中だと聞いている。
ふいに恋人の笑顔が曇った。
どうかしたのかと聞く前に、突然広げたレースのカーテンを頭に被った。
「こうすると、男の俺でも花嫁に見えるかな?」
「どうしたんだ?お前なら、タキシードの方が似合う」
「まあ、そうだよな。なぁ、本当に俺で良かった? 」
「当たり前だろ。お前じゃないとダメなんだ、俺は」
「でも、ウエディングドレスの似合う可愛いお嫁さんだったら、君のご両親にも勘当されずにすんだのに。君は俺と違って女の子とも恋愛できるんだから、あえて困難な道を選ばなければいいのに」
恋人の綺麗な顔が歪んだ。目尻に涙を溜めてそれが溢れるのを必死に堪えようとしている。
「あのな、何度言われても、俺はお前じゃないとダメだし、世間体のために好きな相手と別れるなんて選択肢はないからな」
俺の言葉に恋人はごめんと答えて俯いてしまう。
頭の硬い俺の両親は、同性の恋人と結婚を前提に付き合っていると話したその日に、勘当を言い渡してきた。特別仲が悪くもないそれなりに良好な親子関係だったが、理解されないのであれば仕方ないと、俺はその日から一年親とは連絡を取っていない。
恋人の両親は幸いにも理解のある方達で、俺たちのことを受け入れて祝福してくれた。
だから余計に恋人は、俺が親に勘当されたことを自分のせいだとつらく思ってしまうのだろう。
俺だって逆の立場ならきっと同じような思いに苛まれた。好きな相手だからこそ、幸せでいてほしいと願ってしまう。
「ごめん」
「なんで君が謝るんだ。謝るなら俺の方が」
「お前が罪悪感に苛まれるのが分かっていても、それでも俺は、お前と一緒にいたい」
レースのカーテンの端を掴んで、その中に潜り込む。二人でカーテンを頭から被って、そのまま俺は恋人にキスをした。