『カーテン』
BL
新居は築十年の2LDK、駅から徒歩十五分の賃貸マンションだ。
「まずはカーテンからつけようか」
そう言って、カーテンとでかでかと書かれた段ボールを開けているのは、俺の恋人だ。
俺と同じくらいの身長だが、男にしては華奢な体つきで、綺麗な顔立ちはいくら見ていても見飽きない。
日当たりのいい窓から日差しが燦々と部屋に降り注ぐ。
この日当たりの良さもここを選んだ理由の一つだが、恋人の言う通り、カーテンをつけないと通りを挟んだ向かいのマンションから部屋の中が丸見えのままだ。
開けられた段ボールの一番上には、この部屋のために買ったレースのカーテンがビニールに梱包されて入っている。
恋人はそれをビニールから取り出した。そして、広げてからしげしげとそれを見る。
「どうかしたか?」
「うん……花嫁のベールみたいだなって。姉さんが結婚式でつけてたのこんな感じだった気がする」
「おいおい、ウエディングドレスの衣装とホームセンターの安物カーテン一緒にしたら、お前の姉さんも怒るだろうよ」
「はは、そうかも。ドレス選びに何件も店回ってたみたいだからなぁ。義兄さんが正直どれも同じに見えるって愚痴ってたよ」
恋人の姉は昨年結婚し、今は妊娠中だと聞いている。
ふいに恋人の笑顔が曇った。
どうかしたのかと聞く前に、突然広げたレースのカーテンを頭に被った。
「こうすると、男の俺でも花嫁に見えるかな?」
「どうしたんだ?お前なら、タキシードの方が似合う」
「まあ、そうだよな。なぁ、本当に俺で良かった? 」
「当たり前だろ。お前じゃないとダメなんだ、俺は」
「でも、ウエディングドレスの似合う可愛いお嫁さんだったら、君のご両親にも勘当されずにすんだのに。君は俺と違って女の子とも恋愛できるんだから、あえて困難な道を選ばなければいいのに」
恋人の綺麗な顔が歪んだ。目尻に涙を溜めてそれが溢れるのを必死に堪えようとしている。
「あのな、何度言われても、俺はお前じゃないとダメだし、世間体のために好きな相手と別れるなんて選択肢はないからな」
俺の言葉に恋人はごめんと答えて俯いてしまう。
頭の硬い俺の両親は、同性の恋人と結婚を前提に付き合っていると話したその日に、勘当を言い渡してきた。特別仲が悪くもないそれなりに良好な親子関係だったが、理解されないのであれば仕方ないと、俺はその日から一年親とは連絡を取っていない。
恋人の両親は幸いにも理解のある方達で、俺たちのことを受け入れて祝福してくれた。
だから余計に恋人は、俺が親に勘当されたことを自分のせいだとつらく思ってしまうのだろう。
俺だって逆の立場ならきっと同じような思いに苛まれた。好きな相手だからこそ、幸せでいてほしいと願ってしまう。
「ごめん」
「なんで君が謝るんだ。謝るなら俺の方が」
「お前が罪悪感に苛まれるのが分かっていても、それでも俺は、お前と一緒にいたい」
レースのカーテンの端を掴んで、その中に潜り込む。二人でカーテンを頭から被って、そのまま俺は恋人にキスをした。
7/1/2025, 5:46:35 AM