『夏の匂い』
BL
君と二人きり、夏の夜の公園で花火をした。
あの時の、火薬の燃えるどこか寂しげな香りが、ずっと脳裏に焼きついている。
あの時君に好きと言えてたら、今も君は僕の隣にいてくれたのかな。
花火を見る度に君を思い出して、今もまだ胸が締め付けられる。
『カーテン』
BL
新居は築十年の2LDK、駅から徒歩十五分の賃貸マンションだ。
「まずはカーテンからつけようか」
そう言って、カーテンとでかでかと書かれた段ボールを開けているのは、俺の恋人だ。
俺と同じくらいの身長だが、男にしては華奢な体つきで、綺麗な顔立ちはいくら見ていても見飽きない。
日当たりのいい窓から日差しが燦々と部屋に降り注ぐ。
この日当たりの良さもここを選んだ理由の一つだが、恋人の言う通り、カーテンをつけないと通りを挟んだ向かいのマンションから部屋の中が丸見えのままだ。
開けられた段ボールの一番上には、この部屋のために買ったレースのカーテンがビニールに梱包されて入っている。
恋人はそれをビニールから取り出した。そして、広げてからしげしげとそれを見る。
「どうかしたか?」
「うん……花嫁のベールみたいだなって。姉さんが結婚式でつけてたのこんな感じだった気がする」
「おいおい、ウエディングドレスの衣装とホームセンターの安物カーテン一緒にしたら、お前の姉さんも怒るだろうよ」
「はは、そうかも。ドレス選びに何件も店回ってたみたいだからなぁ。義兄さんが正直どれも同じに見えるって愚痴ってたよ」
恋人の姉は昨年結婚し、今は妊娠中だと聞いている。
ふいに恋人の笑顔が曇った。
どうかしたのかと聞く前に、突然広げたレースのカーテンを頭に被った。
「こうすると、男の俺でも花嫁に見えるかな?」
「どうしたんだ?お前なら、タキシードの方が似合う」
「まあ、そうだよな。なぁ、本当に俺で良かった? 」
「当たり前だろ。お前じゃないとダメなんだ、俺は」
「でも、ウエディングドレスの似合う可愛いお嫁さんだったら、君のご両親にも勘当されずにすんだのに。君は俺と違って女の子とも恋愛できるんだから、あえて困難な道を選ばなければいいのに」
恋人の綺麗な顔が歪んだ。目尻に涙を溜めてそれが溢れるのを必死に堪えようとしている。
「あのな、何度言われても、俺はお前じゃないとダメだし、世間体のために好きな相手と別れるなんて選択肢はないからな」
俺の言葉に恋人はごめんと答えて俯いてしまう。
頭の硬い俺の両親は、同性の恋人と結婚を前提に付き合っていると話したその日に、勘当を言い渡してきた。特別仲が悪くもないそれなりに良好な親子関係だったが、理解されないのであれば仕方ないと、俺はその日から一年親とは連絡を取っていない。
恋人の両親は幸いにも理解のある方達で、俺たちのことを受け入れて祝福してくれた。
だから余計に恋人は、俺が親に勘当されたことを自分のせいだとつらく思ってしまうのだろう。
俺だって逆の立場ならきっと同じような思いに苛まれた。好きな相手だからこそ、幸せでいてほしいと願ってしまう。
「ごめん」
「なんで君が謝るんだ。謝るなら俺の方が」
「お前が罪悪感に苛まれるのが分かっていても、それでも俺は、お前と一緒にいたい」
レースのカーテンの端を掴んで、その中に潜り込む。二人でカーテンを頭から被って、そのまま俺は恋人にキスをした。
『青く深く』
※BL (キャラ名出してませんが二次創作です)
抱きしめられ顔が近づく。
離れないとと思うのに、僕の意思とは反対に青い色の瞳に惹き寄せられてしまう。
その青をもっと近くでちゃんと見たくて、彼の頬に右手を添えてじっとその瞳を下から覗き込む。
「やっぱり……海、みたいだ」
「海?」
「うん。僕が初めて見て感動した海と同じ色だ。きみの瞳と同じ色で……」
だからだろうか、君にこんなにも惹かれてしまうのは。
「太陽の光を受けた青い海の水面がキラキラと輝いて本当に綺麗で……いつか君と一緒に見れたらいいな」
「そいつは……」
何か言おうと彼が口を開いた。赤い舌が覗いて僕を誘惑する。
彼の言葉を封じるように、僕はそっと唇を重ねた。
もし、彼の答えが否だったらとら思うと、続く答えを聞く勇気はまだなかった。
唇を離すと、答えを封じられた彼は不満そうに青い瞳で僕を見据える。
青に絡め取られて、深い海の底へと引き込まれてしまう。
『夏の気配』
庭の木に蝉の抜け殻が張り付いていた。
まだ六月と思っていたが、夏はもうそこまで来ているらしい。
『まだ見ぬ世界へ!』
人並みに幸せで、人並みに苦労して、それなりの人生だった。
積極的に死ぬ理由もなく、かと言って高尚な生きる理由もない人生がまもなく終わる。
私とて生き物だから、死の瞬間は恐怖するのだろうと朧げに思っていたが、実際にその足音が聞こえてくると、ああ、やっとか、と安堵が私を支配した。
死は終わりではない。
まだ見ぬ世界への旅が始まるのだ。