『君と見上げる月』
※BL
空には丸い月が浮かんでいる。
この街に来て初めて見た満月は、あまり記憶にない。
二度目の満月を見上げた時、隣に君がいた。
三度目は君の部屋の窓から差し込む青白い光を見て、静かにけれど優しく夜空を照らす姿が、不器用だけど優しい君に似ていると思ったんだ。
それから、月を見る度に君のことを思い出すようになった。
四度目の月を見上げながらそんな話をしたら、朝日や夕日を見る度にお前のことを思い出す、と君がぽつりとこぼした。言ってから、珍しくしまったと言った様子で、君は口を手で押さえる。
「静謐な夜の闇を払拭して、空に青をもたらす朝日は、うるさいお前みたいだと思っただけだ」
「ふーん、それなら夕日の方は?」
「忙しなく地平に沈んでいく様が落ち着きのないお前にぴったりだろ」
「ふふ、君にしては苦しい言い訳だ」
「うるせえ」
頭の回転が早く、いつもは何か失言をしても口八丁で僕のことを誤魔化す君が、珍しく返答に困った姿は、年下らしくて可愛くて思てしまう。
「嬉しいよ。君が、僕がいない時でも僕のことを考えてくれているのは」
「……いつだって、お前のことしか頭にねえ」
「え……?」
「オレは、もうとっくに、いつもお前のことしか考えてねえよ」
「なっ……」
「顔、夕日みたいに真っ赤だぜ?」
「君のせいだろ」
結局いつものように、僕の方がしてやられてしまうのだった。
『誰もいない教室』
※BL 二次創作
放課後、夕暮れが空を赤く染める。
開けっぱなしの窓からは、グラウンドで部活に勤しむ運動部の掛け声が聞こえてくる。
廊下からは誰かの足音も、友人同士ではしゃぐ声も聞こえる。
それなのに、俺は教室で孤独だった。
自分で選んだ道だ。
いつの間にか大切になってしまった友人を犠牲にすることも、あいつらを裏切ることも。
そこに後悔はない。
誰に恨まれようと、俺は復讐を果たしたかった。
その覚悟はとっくにしていた。
それなのに、甘ったれた後輩一人のせいでその決心が揺らごうとしている。
何人も仲間を死地に送り、無関係な人間も巻き込んだ。
今更俺一人が引き返せるはずもなければ、許されることは決してない。
地獄に落ちる気持ちに変わりはないが、そんな俺を見たあの紫の瞳が涙に濡れて、俺を救えなかったことを後悔したあいつは、一生心の傷を追って生きるのかもしれない。
そんな姿を想像しただけで、今更引き返す方法はないかだなんて馬鹿げたことを考えてしまう。
最初は利用するつもりで近付いたはずが、気付けば踏み込みすぎて全幅の信頼を向けられるようになってしまった。
それが苦しいのに嬉しくて、ついついあいつを甘やかして関係を深めてしまった。
ついには、俺を見るあいつの瞳に甘いものが混じりだした。
これ以上はもうやめるべきだ。
あいつが自分の恋に気がつく前に、突き放して関係をリセットするべきだ。
そう分かっているのに。
「どうしたんだ?一人で」
突然声をかけられて、俺は驚いて声の方を向く。
開いた扉から入ってきたのは、今まさに考えていた後輩だ。近づく気配に気がつきもしないなど、とんだ失態だ。
「あ、ああ……こっからだと運動分の女子がよく見えてな」
いつも通り女好きの軽薄な男を演じたが、後輩は俺の些細な変化にも目ざとく気がついて、心配そうに眉根を寄せた。
「何か悩んでいるのか?それなら力になりたい。俺じゃ頼りないとは思うけど」
そうだな、お前じゃ頼りにならねえから他の奴に相談する。
そう言えばいいだけだ。
分かっているのに、俺に突き放されたこいつの顔が悲しみに歪むのを想像したらだけで、決意は簡単に鈍ってしまう。
「まぁ、なんだ。もうすぐ卒業って思うと、少しおセンチになっちまってただけだ。いっそ、本気で留年してお前らと一緒に卒業するかな」
数ある選択肢の中から、最悪なことにこいつが喜びそうな言葉を選んでしまう。
予想通り後輩は目を輝かせた。
「一緒に卒業できたら俺も嬉しいけど、他の先輩たちが寂しがるだろ」
「それもそうだな」
「なぁ、その……無事卒業できても、たまには遊びに来てほしいし、その、卒業してからも会ってくれると嬉しい」
はにかみながら頬をかいて、上目遣いで俺を見上げる後輩は断られるなど微塵も考えていない。
俺はため息をついて。
「ったく、しゃーねえ。お前はほんと甘ったれただな」
そうしてまた俺は罪を重ねた。
『言い出せなかった「」』
※BL
しつこい男に言い寄られて困っている知り合いの女の子に泣きつかれた。
きっぱり諦めさせたいから、彼氏のフリをしてほしいと。
まぁ、それくらいならいいかと引き受けたのは僕なのに、童顔の僕では迫力に欠けると言われ、僕の恋人が女の子の彼氏役をやることになった。
最初は、なんでオレが、ってすげなく断っていた恋人だったけど、お礼にレアな高い酒を用意すると言われて、酒好きの恋人は掌を返して安請け合いした。
彼氏役の練習だと、女の子が僕の恋人の腕に両手を絡めた。
大きな胸が遠慮なく腕に当たっている。
恋人は別に嬉しそうでもなさそうに見えるけど、男だったら可愛い女の子の胸を押し付けられたら嫌な気持ちはしないだろう。
女の子の顔を見て気がついた。
しつこい男に言い寄られて困っているのは事実なんだろうけど、それを口実に僕の恋人に近づきたかったんだ。
女の子の目は、僕の恋人の綺麗な顔に釘付けだ。
僕の恋人だ、とは言えなかった。
男同士で付き合っていることは秘密にしていたから。
女の子だって悪い子じゃないから、彼が僕の恋人だと知っていたらこんなことはしなかっただろう。
それ以上見ていられなくなって、用事があるのを忘れていたと、僕は二人を残して家に帰った。
僕の恋人は女の子と寝た経験もあると言っていたし、男の僕と付き合ったことの方が彼にとってはイレギュラーなことだから、あんな可愛い子に想いを寄せられてると知ったら……。
トボトボと歩いていると、鋭い声にうしろから呼び止められた。
振り向くと、そこにいたのは僕の恋人だ。
「なんで……」
「お前の知り合いっつーから引き受けたってのに、お前がそんな顔するなら引き受けるわけないだろ」
「あの子、君のことが好きみたいだよ」
「知るか、どうでもいい」
「あんなに可愛いのに?」
「興味ねえ」
「胸だって大きかった」
「お前、ああ言う女が好みなのかよ」
「そうじゃないけど……だって、僕は男だから。あの子の方が君も幸せになれるんじゃないかな」
「オレが好きなのはお前だけだ。いい加減、腹括れ」
そう言って、恋人は僕のことを抱きしめた。
『secret Love』
※BL 死別
いつか告げようと思っていた気持ちに蓋をした。
君に好きだと言いたかった。
その言葉を聞いた時、君はどんな顔をしたのかな。
驚いた?それとも、知っていたと小憎たらしい顔で笑ったかな。
もうすぐ死んでしまう人間の想いを背負わすなんて、僕にはできなかった。
僕がいなくなってからも、君には幸せに生きて欲しかった。
だけど、もし、君も僕と同じ気持ちで、僕が死んでからもその気持ちを持ち続けてくれるのなら、そう思ってこの手紙を残すことにした。
手紙を託した人には、十年後に君がまだ僕を好きでいてくれたら渡してほしいと頼んである。
この手紙が読まれずに捨てられていることを本気で願っているのに、心のどこかで君が読んでくれてるといいなと思ってしまう。
君が好きだよ。愛してる。
だからどうか、幸せに。
『ページをめくる』
暖炉の火が爆ぜる音に混じって、隣に座る君の指が本のページをめくる音が聞こえてくる。
僕は今日あった出来事を日誌に書き連ねる。
言葉はない、ただただ静かなこの時間が何よりも愛おしかった。