『夏の気配』
庭の木に蝉の抜け殻が張り付いていた。
まだ六月と思っていたが、夏はもうそこまで来ているらしい。
『まだ見ぬ世界へ!』
人並みに幸せで、人並みに苦労して、それなりの人生だった。
積極的に死ぬ理由もなく、かと言って高尚な生きる理由もない人生がまもなく終わる。
私とて生き物だから、死の瞬間は恐怖するのだろうと朧げに思っていたが、実際にその足音が聞こえてくると、ああ、やっとか、と安堵が私を支配した。
死は終わりではない。
まだ見ぬ世界への旅が始まるのだ。
『最後の声』
あの声だけは忘れない。
あなたが最後に私に残した言葉。
愛してる、そう絞り出した頼りないあの声だけは。
そう思っていたのに、あなたの声がどんどん記憶から薄れていく。
最後の言葉は覚えているのに。
『小さな愛』
※百合 清楚黒髪×金髪ギャル
隣を歩く彼女の染めて傷んだ金色の髪が風に揺れている。
「麦の穂みたい」
「え? 麦? 何いきなり」
「あなたの髪の色、収穫前の麦の穂に似てるなぁって」
「ええー!? そこはさぁ、もっと可愛い感じの例えにしてよー! 麦って全然おしゃれじゃない」
私の例えがお気に召さなかった彼女は、大袈裟に眉をしかめて私を睨んだ。
「例えば?」
「うーん、金髪……金……ゴールド……うーん、お金?」
「全然可愛くないじゃない」
「だって他に思い浮かばなかったんだもん」
小さな子供のように頬を膨らませる彼女の金が、太陽の光を受けてきらきらと輝いて眩しい。
眩しさに目を細めると、突然彼女の手が伸びてきて私の髪に優しく触れた。
「あたしと違って、綺麗な黒髪」
そう言って、彼女は微笑んだ。
くるくると変わる表情が好き。
傷んで手触りの良くない髪も好き。
二人でする他愛のない会話も好き。
そういう小さな好きが積み重なって、いつしかそれは愛に変わっていった。
まだ小さなこの愛が、溢れるほどに大きくなったら、その時は彼女に告げよう。
愛していると。
『空はこんなにも』
太陽が地平へと落ちて、空を赤く染めていく。美しい青が禍々しい赤に染まり、やがては闇に飲み込まれていく。
夜の闇に散りばめられた星々の輝きと、月の青白い光が地上へ降るが、太陽のように全てを照らしはしてくれない。
夜の闇に佇んでいると、まるで世界に自分一人が取り残されたかのような孤独が私を襲う。
夜は嫌い。
夜をもたらす夕焼けも嫌い。
空はこんなにも私を孤独にさせる。