弥梓

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6/26/2025, 4:58:34 PM

『最後の声』

あの声だけは忘れない。
あなたが最後に私に残した言葉。
愛してる、そう絞り出した頼りないあの声だけは。
そう思っていたのに、あなたの声がどんどん記憶から薄れていく。
最後の言葉は覚えているのに。

6/26/2025, 9:03:26 AM

『小さな愛』
※百合 清楚黒髪×金髪ギャル

 隣を歩く彼女の染めて傷んだ金色の髪が風に揺れている。
「麦の穂みたい」
「え? 麦? 何いきなり」
「あなたの髪の色、収穫前の麦の穂に似てるなぁって」
「ええー!? そこはさぁ、もっと可愛い感じの例えにしてよー! 麦って全然おしゃれじゃない」
 私の例えがお気に召さなかった彼女は、大袈裟に眉をしかめて私を睨んだ。
「例えば?」
「うーん、金髪……金……ゴールド……うーん、お金?」
「全然可愛くないじゃない」
「だって他に思い浮かばなかったんだもん」
 小さな子供のように頬を膨らませる彼女の金が、太陽の光を受けてきらきらと輝いて眩しい。
 眩しさに目を細めると、突然彼女の手が伸びてきて私の髪に優しく触れた。
「あたしと違って、綺麗な黒髪」
 そう言って、彼女は微笑んだ。
 くるくると変わる表情が好き。
 傷んで手触りの良くない髪も好き。
 二人でする他愛のない会話も好き。
 そういう小さな好きが積み重なって、いつしかそれは愛に変わっていった。
 まだ小さなこの愛が、溢れるほどに大きくなったら、その時は彼女に告げよう。
 愛していると。

6/24/2025, 11:34:35 AM

『空はこんなにも』

 太陽が地平へと落ちて、空を赤く染めていく。美しい青が禍々しい赤に染まり、やがては闇に飲み込まれていく。
 夜の闇に散りばめられた星々の輝きと、月の青白い光が地上へ降るが、太陽のように全てを照らしはしてくれない。
 夜の闇に佇んでいると、まるで世界に自分一人が取り残されたかのような孤独が私を襲う。
 夜は嫌い。
 夜をもたらす夕焼けも嫌い。
 空はこんなにも私を孤独にさせる。
 

6/23/2025, 1:35:16 PM

『子供の頃の夢』

※BL(受視点)年下ヒモ×年上リーマン

 人並みに夢はあった。
 それが子供が夢見る叶わぬものだと悟ってからも、父のような立派な大人になり、家族を持ってそれなりに幸せに暮らすのが夢だった。
 大人になり、同じ会社で働く同僚と自然と距離が近づいて、優しい穏やかな愛を育んだ。このまま彼女と結婚するのだろうと思った頃に、あいつに出会ってしまった。
 彼女との待ち合わせに遅れそうで、いつもは通らない薄暗い裏路地に近道だからと足を踏み入れた。投げ捨てられたゴミが道路の端で哀れに転がり、すえた臭いが鼻をつく。ああ、汚らしい。さっさと通り抜けてしまおう。嫌悪感に足が早まる。
 あと少しでこの汚い通りを抜けられる。ほっとした時、とりわけ大きなゴミが視界の端に入った。
 この時興味など持たずにそのまま通り抜けていれば、僕は彼女と幸せな家庭を築けていたのだろうか。後悔しても凡人の僕には時を遡る能力があるわけでもなく、今僕の隣に眠る美しい顔をじっと見つめる。
 目を閉じていてもなお美しい。伏せられた目を彩るまつ毛が落とす影すら秀麗だ。大人びて見えるが、僕より五つも年下らしい。この男が嘘をついていなければ。
 あの時僕がゴミだと思ったものは、この美しい男だった。何かのトラブルで殴られたのか頬は腫れ上がっていたが、鼻から垂れ落ちる鮮血の赤が華々しくすら見えた。
 僕の足は進むのをやめ、その場に縫い付けられる。金縛りにあったかのように立ちすくむ僕を認めた美しいゴミが、視線をあげて僕を見た。
 爛々と輝く若草色の瞳に絡め取られて、いよいよ僕は動けなくなった。呼吸するのも忘れて、心臓がばくばくと異様な音を立てる。息苦しさに我に返って息を吸おうとするが、どうしたことか上手く息を吸えなくて浅い呼吸を繰り返す。
 僕のおかしな様子を見てそのゴミが微笑んだ。 
 その瞬間に僕のささやかな夢は音を立てて崩れて消えていった。

6/22/2025, 2:51:19 PM

 『どこにも行かないで』

 健やかなる時も病める時も、愛して、助け合うと誓い合ったのに。
 あなたはの優しい目はずっと閉じたままで、私のことをもう見てくれない。
 私の名前を呼ぶ甘い声ももう聞こえない。
 あなたが私のことを、たくさん愛して大切にしてくれた分、私は弱くなってしまったの。 
 一人で生きる強さを失った私を置いていかないで。
 

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