弥梓

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『子供の頃の夢』

※BL(受視点)年下ヒモ×年上リーマン

 人並みに夢はあった。
 それが子供が夢見る叶わぬものだと悟ってからも、父のような立派な大人になり、家族を持ってそれなりに幸せに暮らすのが夢だった。
 大人になり、同じ会社で働く同僚と自然と距離が近づいて、優しい穏やかな愛を育んだ。このまま彼女と結婚するのだろうと思った頃に、あいつに出会ってしまった。
 彼女との待ち合わせに遅れそうで、いつもは通らない薄暗い裏路地に近道だからと足を踏み入れた。投げ捨てられたゴミが道路の端で哀れに転がり、すえた臭いが鼻をつく。ああ、汚らしい。さっさと通り抜けてしまおう。嫌悪感に足が早まる。
 あと少しでこの汚い通りを抜けられる。ほっとした時、とりわけ大きなゴミが視界の端に入った。
 この時興味など持たずにそのまま通り抜けていれば、僕は彼女と幸せな家庭を築けていたのだろうか。後悔しても凡人の僕には時を遡る能力があるわけでもなく、今僕の隣に眠る美しい顔をじっと見つめる。
 目を閉じていてもなお美しい。伏せられた目を彩るまつ毛が落とす影すら秀麗だ。大人びて見えるが、僕より五つも年下らしい。この男が嘘をついていなければ。
 あの時僕がゴミだと思ったものは、この美しい男だった。何かのトラブルで殴られたのか頬は腫れ上がっていたが、鼻から垂れ落ちる鮮血の赤が華々しくすら見えた。
 僕の足は進むのをやめ、その場に縫い付けられる。金縛りにあったかのように立ちすくむ僕を認めた美しいゴミが、視線をあげて僕を見た。
 爛々と輝く若草色の瞳に絡め取られて、いよいよ僕は動けなくなった。呼吸するのも忘れて、心臓がばくばくと異様な音を立てる。息苦しさに我に返って息を吸おうとするが、どうしたことか上手く息を吸えなくて浅い呼吸を繰り返す。
 僕のおかしな様子を見てそのゴミが微笑んだ。 
 その瞬間に僕のささやかな夢は音を立てて崩れて消えていった。

6/23/2025, 1:35:16 PM