少しの間でも、人間だった。たしかに、アソコの人たちは自分を人間として扱ってくれたから…人間だった。
だから、こいつはコロさない。俺の角で突き刺しはしない。突き刺すふりだけをする…それで、俺はコロされる。こいつに…
~忘れられなかった。あの日々が。
アイツらは…忘れるだろうか?
もし…アイツらが、アイツらさえ覚えていてくれるなら…
俺はここで終わるけど、アイツらの記憶の中にはのこるということか?俺の一部の、何かが…
…いつまでも。
フム、よかろう。俺はどうやら笑っている。
では、いくとしよう。人間でないものとして。
急げ。急げ。
クリスマスの前だったか?それとも後か?年は越してなかった。どうだ?
急げ。あと1分。
タイマーが秒読みに入る。59…58…解除のための日付を入力するディスプレイは未だに真っ黒なままだ。脂汗をうかべ、どんなに睨みつけてもそこに答えは浮かび上がらない。答えは自らの記憶の中にしかない。
57…56…消去法だ。クリスマス前ならクリスマス当日に彼女との印象的エピソードというものがあるはずだ。ない。正月、あの日一緒に初日の出を見てご来光を二人の指輪にあて笑いあった。ならば26日から31日、6日間のどれかだ。
48…47…落ち着け。「その日」から年明けまで2回、確か2回ディナーを共にした。ならば大晦日の立ち食いそばを抜かして31、30、29日。12月29日。これだ。
36…35…コンソールを両手の人差し指で1229と素早く入力する。
「明日世界が終わるなら、今何も言うつもりはない。でも、必ず救うと決めたから。私と、あなた、みんなで。だから、言うね。私、ふつうをしていきたい。毎朝起きて、食べて、恋をして、寝る。いろんな普通を繰り返したい。誰にも追われず、誰も傷つけず、ただ一人の、人間として」
「聞いた通りだ、君は」
突然掛けられた声に、意外な表情をこちらに向けてくれた。
何かを話し掛けたくて、しかし彼女のそのいつもの雰囲気に躊躇し、ただ静かに見つめていたが、そのうち自然とそんな言葉がとび出てきた。
「へぇ、何を聞いたの?どこで?」
いつもながら性急な話し方をする。彼女にとって、全ての時間は、捜し物の手がかりを引き寄せるためにあるからだ。
横顔ばかりを見せる彼女がこうして正面から覗き込んでくれる。喜ばしいが、同時に少い機会で最高の成果を得たいと焦る気持ち。
「この仕事」
ヤサシクシナイデクダサイ
ワタシノタメニ
いつもの儚げな表情で、笑うことを忘れてしまったかのようなその唇で、そう、言ったように見えた。
どんなに傷ついても、ボロボロに身も心も汚れてしまっても、瞳がガラス玉のように感情を映さぬようになり、まるで命の芯の部分だけでかろうじて立っているかのようになっても、
決して助けを求めないあなたを、私は…卑しくも私は…あなたのそんなところに惹かれてしまったのです。