君と過ごしたあの日々が僕の頭から消えてくれない。
可愛い、綺麗、好きだよ、愛してる。
毎回決まった常套句を繰り返して嘘を囁いて悦ばせて。
ああ、なんてくだらねー人生なんだろう。
他の男が僕を羨望の眼差しで見ようと特別嬉しいとも感じなかった。
僕が求めているのはそんなものじゃない。
愛が愛を忘れさせてくれる。そう思っていたのに。
頭の中でこのままではいけないと木霊するばかりで。
君が薄れていく気配すらない。
思ってもいない甘い言葉で女を誘い傷を埋めるそれで上手くいっていたはずなのに。
ふとした時にどうしても君の振り向きざまの笑顔が浮かんで、忘れさせてくれない。
もう出て来んなよ!
勝手に去ってしまったくせに!
どこからか君の寂しそうな声が聞こえる。
ごめんね、私の事なんか忘れてね
それが君が死ぬ前に残した最期の言葉だと思いだす。
忘れろなんて簡単に言うなよ
いくら他の子で満たそうとしても満たされない。
そのせいで君に心配をかけているようじゃ世話ないな。
本当はわかっている他の人を利用して君を忘れようとしてるってことも、
もう君以外愛せないということも。
はは、ならもういっそ諦めて君一筋になってみるか。
渡し忘れた指輪を君の墓に添える。
散々使い回した常套句もいざ君に言うと思うと照れてなかなか出てこない。
やっと呟いた小さな好きだよに、
君がバカと呟いた気がした。
昔おばあちゃんが言っていた。
ーーの手紙は今を超えて相手に届くって。
この手紙を手にした時ふと思い出した。
あの時祖母はなんて言ってたんだっけ。
祖母が亡くなってしばらく経ち、思い出も風化してしまった。
なのに何故だろう。この手紙は初めて見た気がしない。
今どき手紙でなんてやり取りする人はそうそういないのに。一体どこで、、、
封を開けるとなんだか懐かしい香りがした。
香りは鼻を優しく、くすぐり思い出を引き出す。
、、、あぁ、そうだったな。
手紙には何も書かれていなかった。
ただ思い出が僕に語りかける。
自問自答を繰り返した日々が僕の背を押す。
ずっと見守ってくれていたんだね。
上を向くと暖かい日差しが僕を包み込んでくれた。
思い出した。今までも何もかもを。
きっとこの手紙過去も未来も超えて巡り巡ってここへ来たんだね
僕もきっと手紙を出すよ。
いつか時を超えて貴方に届くと信じて。
手紙の行方
「この人がやったんだ!」
静かな教室に僕の声がこだました。
沈黙が続いたかと思うと。
ガラの悪いやつが机を蹴る。
「何言ってんだてめぇ!!」
「ヒィッ」
怯むな負けるものか。今日こそは言ってやる。
僕は震える拳を握り直して、キッと前を向いて言った。
「ぼ、僕は知っている。幸村くんが誰よりも朝早く来て、金魚に餌をやっていることを、みんなが寒さに凍えないように毎日ヒーターを焚いておいてくれていることを。たっ、確かに口が悪いかもしれない。誤解されやすいかもしれない。でも彼は彼なんだ。1面だけで彼を知った気になって悪口を言うのは辞めてくれ!」
、、、何あれ、イキっててださ
先程まで静かだった教室が嘘のように、みんなが僕に後ろ指を指す。
針のむしろとはこのようなことを言うのだろう。
、、、でもスッキリした。ようやく言ってやった。
後悔はない。
でも、やっぱり変えられないんだ、悔しいな。
俯いていると、後ろからおい、と声をかけられた。
恐る恐る、後ろを見ると、そこには幸村くんの姿があった。
「ありがとよ」
そう言うとガラの悪いヤツ元言い幸村くんは、少し照れくさそうに鼻をかいて笑った。
小さな勇気
この世界には何十億の人がいるけど、一生に会えるの
はたったの3万人しかいない。
この世は随分と生きやすくなったね。
今や同性との恋愛を隠す必要なんてない。
好きな人を自らが選べる時代。
でも、だからこそ思う。
『運命』ってなんだろうと。
もしかしたら僕の運命の人は一生に会える3万人以外なのかもしれない。
なんならもう、ここにはいない人なのかもしれない。
勘違いしないで、僕は後悔をしているわけじゃない。
僕は妥協して君を選んだ訳じゃない。
男とか女とかそんなのじゃなく、
僕は君だから好きになったんだよ。
ただひとりの君へ
私の世界は小さく、窮屈だ。
抜け出したいと思っても、硬くて冷たくて、
助けを求めてみても、
私の声は届くことなく消えてしまう。
「ねぇ、こっちにおいでよ」
小さな私が無邪気に笑いかける。
出られやしないとわかってるくせに。
いつしか助けを乞うことはなくなった。
どうせ叫んでも無駄なんだから。
静かで冷たくて暗いこの世界は、気が狂いそうだった。
「ねぇ、こっちにおいで」
顔にモヤがかかった少年が私の手を引く。
思い出しそうで思い出せない。
でも、この手の温もりを私は知っている。
私の声は届かなかったくせに、固く閉ざされて出られないはずだったのに、少年はいとも簡単にここから連れ出してしまう。
「ねぇ、世界は広いよ」
少年はそう言って笑顔を向ける。
あぁ、君だったのか、私を連れ出してくれたのは、
私もまだ捨てたもんじゃないな。
私は私を諦めない。
かつて君がしてくれたように
私も手を差し伸べてみようかな。