【心の灯火】
今にも誰かに吹き消されそうだから、わたしはじっとしている。
誰かに近寄られないように、扉を締め切った部屋で。
胸に手を当てた。
まだ灯っている。
安堵の吐息で消えてしまわないように、呼吸を忘れることにした。
【開けないLINE】
君からのLINEを開かないまま、すでに三日が経過していた。
心配をしてくれている内容なのか、それとも呆れている内容なのかは定かではない。
どちらにせよ今の私に誰かを受け止められる寛容さはないのだ。
今日も布団に引きこもる。
あーあ、煙みたいに消えてしまえれば良いのに。
【不完全な僕】
夢や理想、怒り、はたまた悲しみ。
人たらしめる感情はどこに宿っているのだろうか。
奪われた半身にそれらがあるとするのなら、僕は一体何者なのか。
愛してくれる人は少なくはない。
しかし愛された心地でいられない。
僕は失っている。
あの日から常に失ったままでいる。
あるのはただ、虚しさだけだ。
僕が誰かに与えられる愛も、恐らくは半身が持っている。
そうでなければ堪えられない。
【香水】
ベッドからあなたの香りがする。
昨日あなたが抱き締めてくれたように、落ち着く香りが私を包んだ。
あなたとは恋人でも、遊ぶだけの関係でもなければ、傷つけ合う関係でもない。
変な話だが、家族というのが一番近いかもしれない。
奇妙。
でもそれがひどく心地良い。
あなたは私をよく知っているけれど、私はあなたをよく知らない。
つけている香水の名前すら、私は知らないままでいる。
知ってしまえば、やがて終わりがやって来そうで。
【言葉はいらない、ただ…】
わたしは醜いから、舞踏会に行ってはいけないらしい。
どこかの童話みたいに魔法使いがやってきて、都合の良い魔法をかけてくれるなんてこともなく。
わたしは裸足のままで遠くへ行くことにした。
色彩の失せた、白と黒の街。
壊れた鐘塔の下、落ちた鐘の前にそれは居た。
醜いばけものが、寂しそうに身体を縮こまらせて泣いている。
ばけものはわたしに気付いて、綺麗に並んだ牙を見せながら笑った。
怖がらないで、こっちにおいで。
言葉はわからないけれど、そう言っているように聞こえた。
ばけものは小さな花の世話をしているらしい。花びらの陰で妖精たちは踊っている。
わたしとばけものはおいしい紅茶と不思議なお菓子を楽しんで、妖精たちと戯れた。
ひとしきり遊んだころ、遠くで鐘が鳴った。
もう帰らなくちゃ。
そんな風に思ってばけものの方へ振り返ると、また丸くなって泣いている。
同じばけものでも、あなたに帰る場所はないのね。
ただその背中に寄り添って一緒に泣いてあげたいと思った。