真岡 入雲

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7/8/2024, 3:34:12 AM

「そうねぇ、ブラック企業の無能上司と社畜ってところかしら」
「………え?」

涼しい顔をしてそんな事を口にしたのは、高校からの親友だ。
高校入学直後、カーストトップにいた女子生徒の気分でイジメのターゲットにされた私は暗黒の高校生活を覚悟していた。
そんな私を救ったのが彼女だ。
まぁ、彼女からしてみれば救ったとかそんなつもりはこれっぽっちもなかっただろう。

その日私は1冊のノートを図書室に置き忘れてしまった。
中学の頃から勉強の合間に書き綴っていたオリジナルのファンタジー小説を書いたノートで、その時既に7冊目に突入していた。
小説を書くのは私のストレスのはけ口で、故に話の中身も、冒険あり、恋愛あり、ミステリーあり、謎解きあり等など何でもありのごちゃ混ぜ話だった。
そんな14歳の妄想全開な話を書いたノートを忘れてしまったのだ。
全身の血が凍るとはこの事か、と思うほど血の気が引いた。
心臓が止まるかと思うほどの全力で、駅まで歩いた通学路を引き返して図書室に滑り込むと、そこには真剣な眼差しで私のノートを手にしている彼女がいた。
奇声を発しながら飛びかかった私を彼女は華麗に避け、私は机の上をスーパーマンが飛ぶように滑り反対側に頭から落ちた。

『大丈夫?』

強かに打ち付けた頭をさすっている私の頭上から、どこか呆れたような声が降ってくる。
視線を床から声のした方へと転じると、そこには私の顔を覗き込む、ビスク・ドールのような顔をした美少女が立っていた。
こんな顔で生まれたら人生バラ色だろうな、とか、化粧でどうにかなるレベルじゃないよな、遺伝子の違いはどう頑張ったって覆せるものではないな、とか、ぼぅっと考えていた私の視界に例のノートが映りこんだ。
咄嗟に手を伸ばすと、ノートはひらりと私の手を躱して遠のく。
さっ、ひらり、ささっ、ひらひらり。
どれくらい、その攻防を交わしていただろうか。

『あなたのノート?』

恥ずかしい、けれど返してもらわないともっと恥ずかしいことになる可能性が高い。
腹を括って私は真っ赤な顔で頷いた。

『凄いわ!』
『へっ?』

いきなり視界が真っ暗になった。
そして頬に当たる柔らかい感触。
ふわぁぁぁ、気持ちイイ…、天国だぁ、ってそうじゃない。
耳元で何やら色々話しているけど、何語だろう…、日本語ではないような?

『7冊目!?という事はこれの前に6冊もあるのね?』
『え、あ、うん』
『是非とも読ませて!』
『いや、その、恥ずか……』
『何を言っているの!コレは才能よ!恥ずかしがる必要は全然ないわ!』

聞けば彼女は図書委員で、図書室の戸締りをしようとしていた時にノートを見つけたそうで。
で、中を見れば誰のかわかるかと思い開いたところ…読むのに夢中になってしまった、と。
母親が日本とドイツのハーフで、父親はフランス人という彼女は凄くサバサバとした性格だった。
だから、という訳では無いだろうが、イジメのターゲットになっている私にも気さくに話しかけるし、嫌なものは嫌だ、間違っていることは間違っていると、キッパリと自分の意見を言う。
そんなこんなで、高校の3年間はイジメもそこそこありつつも彼女と楽しく過ごすことができ、大学も彼女が留学するまでは一緒のキャンパスに通うことが出来た。
その間私は彼女の勧めもあり、書き溜めた小説を手直してネットにアップした結果、今は作家として活動している。

「ねぇ、七夕がどうしてブラック企業の無能上司と社畜になるの?普通こうもう少しロマンチックな感じじゃない?」
「ん〜、まず、二人を引き合わせたのは天帝で、その結果2人は結婚して蜜月を過ごす。その間2人は仕事をしていなかったため、方々に迷惑がかかった。故に天帝は2人を引き離し、仕事をすることを条件に1年に1度会うことを許した。っていうのが七夕の要約よね」
「う、うん」
「天帝、コレが無能上司よ。部下の仕事の管理を怠ったが故に、2人が仕事をしていないことに気が付かず周りに迷惑をかけてる。まぁ普通ならこの時点でクビね」
「は、はぁ」
「次は仕事をすることを条件に年に一度の逢瀬って、どんだけブラック企業なのって話じゃない?しかもそれに大人しく従うあたり、2人も社畜だわ。私ならすぐ辞めるわ、そんな仕事」
「あ、はい」
「しかも、これ最悪なのが天帝は織姫の父親なのよ。自分で娘の相手を決めてきて、結婚させて、2人が仲良くなったら引き離すとか、親失格じゃない?それに考えてもみて、もしよ?もしも年1回の逢瀬で子供が出来たとして、その場合子育ては全部母親がやることになるわよね?しかも父親は子供に年1回しか会えない…酷くない?」
「ははは…」

おかしいな、七夕ってこう、もっとロマンチックな感じだった気がするんだけどな。
でも言われてみれば、確かにって気もするし......。
織姫と彦星の伝説って、もう現代には合わない…のかな?

「そうそう、この間頼まれていた通訳の話、日程調整ついたよ」
「本当!良かったぁ」
「それにしても3ヶ月も取材旅行だなんて、思い切ったね」
「うん、まぁ話を考える上で必要だし、それに今はネット環境さえあればどこでも書けるから」
「ドイツ、フランス、イギリス、スペイン、トルコ…うん、思いっきり楽しもう」
「よろしくお願いします」
「任せて!」

妄想だけではどうしてもふわふわしたイメージしかわかなくて、現実味を加えるために色々と考えた結果、作家デビュー10年目を機に、長期取材旅行を決心。
通訳を仕事にしている彼女の時間を少し分けてもらっての女二人旅。
彼女と一緒だから、行こうと思った。
彼女と一緒だから、すごく楽しみ。

その旅行で、彼女と私に一生に一度の出会いがあったことはまた別のお話。


7/6/2024, 7:24:28 PM

名前を覚えてる

ヨシエちゃん

笑う時いつも口に手を当てて
首を少し左に傾けて
ふふふって笑う

ユウキちゃん

いつも一緒に
手を繋いで
走り回っていた

お絵描きしている時
二人がじっと私を見て
唐突に言ったんだ

『どうして瞬きしないの?』

何のことかよく分からなくて
どういう事か聞いたら
絵を描いている間
全然瞬きしていないから
不思議だって言われて

自分は全然知らなくて
意識してやっていた訳じゃなくて

『わかんない』

って答えたら、何故か3人で
瞬きガマン競争する事になって

きっとあの頃はあの頃で
悩みとか色々とあったと思う
でも今はそんな思い出なんかなくて
ただただ二人の笑顔だけが
朧気に思い浮かぶ

他の子の名前も顔も
全然思い出せないのに
ヨシエちゃんとユウキちゃんのことだけは
今でもフルネームで憶えてる

今、何をしていますか?
元気でいますか?
結婚して、子供が出来て
もしかしたら
孫まで居たりしますか?

きっと今すれ違っても
お互いのことは
分からないと思う

そしてこの先
あなた方の人生に
私が絡むことはないと思う

けれど

あなた方二人は
私の中の一番古い
友だちの思い出

それはきっと、この先ずっと
絶対に、絶対に
変わることはない


7/5/2024, 2:39:02 PM


新月の夜の君の願い

どこにいても
誰といても
月下美人の花が咲く
年に一度のその時だけは
天に流れる星の川を
しかと両の目に焼き付けて
自分と共に生きたことを
ほんの少しでも思い出して、と

今年も咲いた月下美人
白く儚い花は変わらず
あの頃の君によく似ている
見上げた空に星は少なく
街の灯りが邪魔をする

私はそっと目を閉じる
瞼の裏に広がる星空と
一夜で終わる花のように
儚く散った君の笑顔を

7/4/2024, 2:12:14 PM


『志望校に受かりますように』
『ダイエットが成功しますように』
『お母さんの病気が治りますように』
『魔法使いになりたい』
『宝くじが当たりますように』
『あの子と付き合えますように』
『明後日の運動会、雨になりますように』
『ママが優しくなりますように』
『健康でいられますように』
『お父さんが無事帰ってきますように』
『世界が平和でありますように』
『異世界に行けますように』
『子供ができますように』
『お店が繁盛しますように』
『冒険者になりたい』
『ケーキ屋さんになりたいです』
『恋人が欲しい』
『ライブのチケットが当たりますように』
『働きたくない』
『遠足の日が晴れますように』

……うーむ。こう、頼み事ばかりされてもな。
あ、これはあいつに振るか。これとこれと、これもだな。ついでにこれも。
コッチは、来月の会合で確認するか
天気はなぁ、難しいなぁ、少しだけなら何とかできるが、うーん。
異世界…、また異世界か。これは調べないとわからんな、後回しだ。
ケーキか、アレは美味しかったな。うん、美味いケーキを作れるよう頑張れ。
子供か、これは…あの方の領分だな、という事でこっちに分けてと…

『かみさま、ゴメンなさい』

うん?何だ?

『みのりは悪い子でした。これからは、お片付けきちんとします。ピーマンもきらいだけどたべます。かけっこもがんばる。チョコは1日3つまでにします。だから、お願いします。ママをかえしてください』

ママを返す?
あぁ、入院が少し延びていただけのようだな。
大丈夫、安心しなさい、明後日には帰って来るよ。
それまで父親とふたりで頑張りなさい。
小さいお姉ちゃん。

ふぅ、これで大方片付いたかな。
おっと、忘れるところだった、異世界だったか。
[異世界とは]
検索っと…、ナニナニ……、なるほど面白そ…おっほん。
うーん、これはもう少し調べてみる必要があるな。
それには参考資料が必要だな、うん。
これと、これと、これ。あと、こっちも…ぽちっと。
コレは必要経費って事で、あ、これも。
うん、オススメされたら読んでみないと調査にならないな。
ほぉ、これも良さそうだ、うん、このシリーズも…、おっ、アニメもあるのか!
あぁ、時間が足りないな、困った困った…。


時に、人の想像が神の創造を超えることを
神様だけが知っている


7/4/2024, 2:27:51 AM


『アンタといるのが一番楽だわ』

君がそう言ったのは中二の夏
僕の部屋のベッドに寝転んで
漫画を読みながら
なんの前触れもなく
突然そんなことを言った
どういう意味かと聞いた僕に
君は、ただそう思っただけ、と答えた

僕たちは所謂幼馴染で
母親同士も幼馴染
ハイハイをする前から
僕たちは一緒に育った
何をするにも二人一緒で
隣にいるのが当たり前で
この先も変わらず共にいられるのだと
何故かそう思っていた

そして今、そんな君の隣にいるのは僕じゃない

僕の前を僕の知らない男と手を繋いで歩く
僕の知らない女子がいる
指と指を絡ませて
俗に言う、恋人繋ぎと言うやつで
お互いの距離を縮めている

昔は短かった君の髪は
背中まで伸びて
緩くふわふわと風に靡き
時折見える首筋に
ドキリと僕の鼓動が跳ね上がる

薄く色づいた唇が動く様を
盗み見るように視界に収め
僕の知る君の声で
僕の名前を再生する

僕より先に大人になった君は
僕の知らない顔をして
ワントーン高い声で笑う

そんな君を僕は知らない
僕の知っている君は
今そこにいる君じゃない

家の門を潜り玄関を開ける
耳に微かに届く君の声と
低く響く男の声を
ドアを閉じることで
僕の世界から締め出す

部屋の窓から見えた
重なるふたりの影に
心臓が悲鳴をあげると同時に
部屋の厚いカーテンを閉める

『アンタといるのが一番楽だわ』

そう言った君と
あそこにいる君は
同じなのだろうか

二人並んで同じ道を歩いていたと思ったのに
いつの間にか君は先に行き
僕は今、独りきりで歩いてる

僕の中の君への想いに
もっと早く気付いていたら
17歳の君と僕は
同じ道を歩いていただろうか

この道の先に君がいて
僕が君に追いつけたなら
君は僕と手を繋ぎ
また一緒にこの道を
並んで歩いてくれるだろうか?

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