冷瑞葵

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5/10/2025, 1:55:25 PM

静かなる森へ

 おかしい。あまりにも前情報と違いすぎる。
 ここは都会から遠く離れた小さな村。近代的な建築や技術など一切見られない、世界から置き去りにされている辺鄙な土地である。
 私がここに来たのは、この村の先にある神秘の大木へと祈りを捧げるためだ。
 神秘の大木、またの名を奇跡の大木。人生に行き詰まった者がここに向かうと、みな笑顔で満足して帰ってくるという噂がある。かくいう私も未来に希望が見えなくなってここにやって来た次第だ。
 それで、何が前情報と違うかと言うと。
 神秘の大木があるこの森には異名がある。「静かなる森」。森に入った途端にあらゆる音が溶けるように消えて、まるで無音の世界に入ったような感覚になる。襲ってくる物寂しさを乗り越えて大木に辿り着いた者だけが救われる――というのは私からすれば大したハードルではないのだが、問題はこの村。なんなのだここは。
 五月蝿い。あまりにも五月蝿すぎる。
 静かという単語とは真反対に位置するような騒音が耳を刺す。これは、音楽なのだろうか。音楽とも声とも認識できない音の集合体が村中に充満している。頭が割れそうだ。
 そして、思いのほか人は多い。静かなる森というくらいだから人気のない場所を想像していた。何十何百という人々が笑顔で輪を作ったり酒を飲み交わしたりする様子を、どうして想像できようか。
 人混みの中の1人がこちらに気が付いた。彼に続いて何百もの目が一斉にこちらを向く。好奇心に満ちた目をしていて、心からの笑顔ばかりなのがかえって不気味だ。
 爆音は止みそうもない。相手が何を言っているかも分からないまま私は輪に加わり、促されるままに肉を食べ、相手の真似をして下手に笑った。あぁ、笑顔を作ったのなんていつぶりだろうか。
 肉を平らげて不器用に踊りをして、そうして非日常を過ごして空に橙色が差し始めた頃、最初に私に気付いた村人が私の腕をとって人混みから離れたところに案内してくれた。
 ――案内してくれた、という表現でいいのだろうか。知らぬ土地で変に興奮状態になっていて危機感が薄れている。
 離れても尚五月蝿いBGMで相手の声は十分には聞こえない。ジェスチャーでようやく、例の静かなる森への道を示しているのだと分かった。
 でも何というか……、なんだろうな。案内してもらった手前悪いんだけど、もういいやという気持ちになってしまった。この場所に来るとみな笑顔で満足して帰ってくるという噂の意味を理解してしまった。
 私は首を振り、元来た道を指し示した。今晩は夜が明けるまで踊り明かそう。そして明日故郷に帰ったら苦しみを抱えた人達に教えてやるのだ。静かなる森へ向かうと良い、と。

3/16/2025, 12:48:36 PM

花の香りと共に

 花の香りと共に、それは突然僕の心に現れた。多分大衆的には愛とか感動とかと表現されるものだ。淡い青色の下、小さい黄色のそれは群を成して街を照らし、見る者に安らぎを与えた。力強くも危うい、例えるならば小動物のようなそれは、見る者の庇護欲を掻き立てた。しかし僕にはそんな言葉では物足りなかった。何かこれをもっと適切に言い表す表現があるはずだという強い衝動に駆られた。
 僕はそれから毎日花を咲かせた木々の隣に立った。日常の一部となった花の香りは、いつしか僕自身の香りとなった。美しい花の香りを纏って、自分の香りを嗅ぐたびに僕はまたあの感覚を思い出した。
 そうして僕は黄色い群れを日々眺めていたのだが、先日嫌な噂を耳にした。なんでも、最近子供に付き纏う不審者が頻繁に目撃されるのだとか。
 僕が守らなければならない。僕はそう思った。この感情をどう表現したらいいだろう。やはり、愛とか庇護欲といった言葉に落ち着いてしまうのだろうか。答えはまだ出ていない。
 あの木の隣に立つ理由が2つになった。僕は今日も花の香りと共に、黄色い群れを眺め、見守る。小学校近くの木の下で。空は今日も淡く青色に広がっている。

3/15/2025, 1:23:40 PM

心のざわめき

 心のざわめきは無視しないほうがいい。些細な違和感というのは案外的を得ているものだ。そう言うのは簡単だが、実践はそう簡単ではない。殊に私の場合はどういうわけか「心のざわめき」を「心のときめき」として認知するバグを抱えているようで、しばしば悪い方向に惹かれてしまう悪癖がある。これまで何度自ら傷つきに行ったことか。その一方で、このバグのお陰で出会えたものも存在する。だから私のこの欠陥を一口に否定してしまいたくはない。ただ願わくば、いつか心のざわめきを純粋なざわめきとして認知できる日が来たらいいなと、心の片隅で思う。

3/15/2025, 3:17:32 AM

君を探して

 君を探して早10年。しかし、10年こっきりなんか僕に与えられた任務においてはほんの瞬き程度の時間でしかない。君を見つけるまでにこれから一体どれだけの時間がかかるのだろうか。
 非人道的な実験の被検体。僕が自己紹介をするならそう言わざるをえない。安全性の確認も不十分な薬を打たれて、僕は理論上無敵の肉体を手に入れた。そしてわけもわからぬままに宇宙に放り出された。なんでも僕らの星を存続させる鍵となる、とある星を探してほしいのだそうだ。
 僕らの星は近年危機にさらされている。近所に隕石が落ちることも珍しくないし、食糧を巡っての争いも耐えない。気温は数万年前と比べて五十度ほど上がっているそうだが、僕からすれば生まれたときからコレなので実感はない。まぁともかく、一分一秒を争う状況ではある。
 そんな中、先日――と言っても20年以上前だけど――、宇宙開発局に通信が入った。過去のデータにない音声で、解析の結果別の星からの通信である可能性が指摘された。宇宙人がいるという議論は昔からあったけれど、実際に証拠を掴んだのはこれが初めてである。その後研究が急ピッチで進められ、なんと5年後には双方向のコミュニケーションが出来るツールが開発された。あれは久しぶりの嬉しいニュースだった。あの日ばかりは少しみんなの表情も明るくなったものだ。
 それで急に呼び出されたかと思えば、これだ。他にも何人か若者が呼ばれていたけれど、身体の強化に成功したのは僕だけだったらしい。そうして先に話したように僕は無機質な宇宙船に乗せられたのだった。
 僕の故郷の星はもうないかもしれない。しばらく前から通信が途絶えているのだ。考えても仕方がない。僕はただ、彼らに言われた通り通信先の宇宙人の星を見つけて、移住可能か否か身を以て検証するしかない。
 僕に伝えられた目的地の特徴は、青。青く水に覆われた惑星で、猛毒である酸素をエネルギーに変換する特殊な生命が星の全域に蔓延っているらしい。
 そんな星が果たして本当にあるのか。僕はお偉いさんたちの妄言に振り回されているだけではないか? そんな不安を抱えながら、僕は今日も青い水の惑星を探す。僕はまだ、君のことを見つけられそうにない。

3/12/2025, 4:40:31 AM



 妙な壁画が発見された。見解は専門家の中でも分かれている。
「この特徴的な5放射は『星』のシンボルではないか? 当時の者たちは星を5放射で表すことがままあったようだ」
「いや、5放射と言うには少し歪すぎると思う。むしろ、強いて言うなら6放射じゃないか?」
「流れ星と捉えれば、あるいは……」
 こんな調子で、いくら議論をしようとも平行線を辿り、確かな答えは出なかった。
 無理もない。彼らは胴体から4つ伸びる手足も、5つに先が分岐する手も持ち合わせていなかった。
 異星から訪れた彼らは人間の痕跡がほとんど失われた青い惑星で、なけなしの情報をかき集めてこの星の秘密を探っていたのだ。それが在りし日の生物の体を象ったものとも知らず。
 彼らが答えに辿り着く日はまだ遠い。

遥か未来のクエバ・デ・ラス・マノスにて

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