君を探して
君を探して早10年。しかし、10年こっきりなんか僕に与えられた任務においてはほんの瞬き程度の時間でしかない。君を見つけるまでにこれから一体どれだけの時間がかかるのだろうか。
非人道的な実験の被検体。僕が自己紹介をするならそう言わざるをえない。安全性の確認も不十分な薬を打たれて、僕は理論上無敵の肉体を手に入れた。そしてわけもわからぬままに宇宙に放り出された。なんでも僕らの星を存続させる鍵となる、とある星を探してほしいのだそうだ。
僕らの星は近年危機にさらされている。近所に隕石が落ちることも珍しくないし、食糧を巡っての争いも耐えない。気温は数万年前と比べて五十度ほど上がっているそうだが、僕からすれば生まれたときからコレなので実感はない。まぁともかく、一分一秒を争う状況ではある。
そんな中、先日――と言っても20年以上前だけど――、宇宙開発局に通信が入った。過去のデータにない音声で、解析の結果別の星からの通信である可能性が指摘された。宇宙人がいるという議論は昔からあったけれど、実際に証拠を掴んだのはこれが初めてである。その後研究が急ピッチで進められ、なんと5年後には双方向のコミュニケーションが出来るツールが開発された。あれは久しぶりの嬉しいニュースだった。あの日ばかりは少しみんなの表情も明るくなったものだ。
それで急に呼び出されたかと思えば、これだ。他にも何人か若者が呼ばれていたけれど、身体の強化に成功したのは僕だけだったらしい。そうして先に話したように僕は無機質な宇宙船に乗せられたのだった。
僕の故郷の星はもうないかもしれない。しばらく前から通信が途絶えているのだ。考えても仕方がない。僕はただ、彼らに言われた通り通信先の宇宙人の星を見つけて、移住可能か否か身を以て検証するしかない。
僕に伝えられた目的地の特徴は、青。青く水に覆われた惑星で、猛毒である酸素をエネルギーに変換する特殊な生命が星の全域に蔓延っているらしい。
そんな星が果たして本当にあるのか。僕はお偉いさんたちの妄言に振り回されているだけではないか? そんな不安を抱えながら、僕は今日も青い水の惑星を探す。僕はまだ、君のことを見つけられそうにない。
星
妙な壁画が発見された。見解は専門家の中でも分かれている。
「この特徴的な5放射は『星』のシンボルではないか? 当時の者たちは星を5放射で表すことがままあったようだ」
「いや、5放射と言うには少し歪すぎると思う。むしろ、強いて言うなら6放射じゃないか?」
「流れ星と捉えれば、あるいは……」
こんな調子で、いくら議論をしようとも平行線を辿り、確かな答えは出なかった。
無理もない。彼らは胴体から4つ伸びる手足も、5つに先が分岐する手も持ち合わせていなかった。
異星から訪れた彼らは人間の痕跡がほとんど失われた青い惑星で、なけなしの情報をかき集めてこの星の秘密を探っていたのだ。それが在りし日の生物の体を象ったものとも知らず。
彼らが答えに辿り着く日はまだ遠い。
遥か未来のクエバ・デ・ラス・マノスにて
約束
思えば私は約束というものをろくにしたことがない。その言葉の持つ効力が怖かった。何らかの約束をする流れができていたとしても、いつも笑って誤魔化した。
とは言え一方的に約束を結ばれることもある。そうして結ばれた約束を、結局守ったことは一度もないように思う。例えば「恋人ができたら一番に教えてね!」というような好奇心の正当化と友情の確認作業は煩わしく感じていたし、「〇〇さんにもよろしくね」みたいな依頼は(これを「約束」と呼んでいいかは疑わしくも思うが)社交辞令と思って一度も実際に伝令したことはなかった。というか、その数時間後にはこれらの口約束など忘れていた。
唯一意識して守ろうとしていた約束があるとするならば、「他の人には話さないでね」という言葉だけだ。だったら私にも話すなよとは思いつつ、一応意識して秘密を守るようにはしていた。でもこの約束でさえ、何年も前のものはすっかり忘れている。何を話して良くて、何は話しては駄目なんだっけ? 逐一記録を取らなくては記憶できる自信がない。みんな本当に真面目に約束なんて守っているのだろうか。
先日のことだ。そんな私が、新たに約束を結んだ。数回会っただけの人と「また会いましょう」と約束をした。無論、これも相手から結んできた約束だ。あの人は真っ直ぐに私の目を見て真剣な声色で話していた。私は苦笑いをして曖昧に首を傾けるだけだった。首肯はしていない。
それでも、あれは私が守る人生で2つ目の約束になるのだろうという気がしている。何となくだ。確証はない。ただ、あの瞬間に私は約束というものの重みと暖かさを思い知ったのだ。
あなたは誰
「あなたは誰」
思わず声が出る。鏡に向かってそれは言ってはいけないと知っているんだけれど――いや、あれは自分の像に対して言ってはいけないという話だっただろうか。ならばこれは問題ないのだろうか。鏡に映った見知らぬ人に声を掛けるのは。
「か、鏡の中に住んでる人……みたいな感じですか?」
我ながら馬鹿げたことを言っている。鏡に映った人は目を見開き、辺りを見渡した。そして恐る恐るというふうに鏡に向き直るのだった。
「京本です。あなたこそ、誰ですか?」
驚いた。声が後ろの方から聞こえてきた。振り返るのは怖い。目の前に相手がいて、でも声は後ろから聞こえていて、一体どうなっているのだこれは。
「私は加々見と言います」
「加々見……?」
「はい」
「昔この部屋で亡くなった方ですか?」
は? 何を言っているのだ。亡くなった? 私が?
そう言われてみると、ここ最近の記憶がない。ふと目が覚めて、ぼんやりとしながら鏡を覗き込んだら見知らぬ人が映っていたのだ。
あぁそうか。この人は鏡の中に住んでいる人ではない。私の真後ろに立っている、こちらの世界を生きる人だ。2人ともこちらの世界にいるのだけれど、ただ、私の姿が鏡に映っていないのだ。
なんということだ。なぜ私は死んだ? なぜ今目を覚ました? 何も思い出せない。加々見という名字の他に一切の記憶を持ち合わせていない。思わず声が出る。
「私は、誰」
輝き
「ねぇおばあちゃん。なんでおばあちゃんのおはなは光ってるの?」
緑豊かな自然の中に、小屋のような一軒家が一つ。ここに住むのは笑いジワが深く刻まれた一人の老婆。夏休み上旬の今日は大姪の子が遊びに来ています。
大姪の言うとおり、大叔母の鼻やおでこは白く輝いていました。
「もしかしてまじょなの? だからここでくらしてるの?」
「あら。ふふ、魔女じゃないけど、魔法はあるのよ」
「まほう?」
舌足らずな声で聞き返す大姪に、大叔母は笑って立ち上がりました。ドレッサーの引き出しから古びたパクトを取り出します。
「不思議なお店で買ったのよ。ハイライトって言うの」
「はいらいと?」
「えぇ、お肌に塗ってツヤを出すものでね」
大叔母はパクトを開いてみせました。雪のように白い粉が敷き詰められたそれはほとんど使った形跡がなく、綺麗な平面をしていました。
「これが魔法みたいな粉なの。それか、呪いかもしれないわね……」
大姪は首を傾げました。大叔母は大姪がパクトに触れないように、すぐ蓋を閉めて引き出しの中に戻してしまいました。
「永遠の輝きをもたらすハイライトだって」
大叔母は自身の鼻の頭を擦って困ったように笑いました。
「困っちゃうわよね。こんな永遠をもらっても仕方ないのに。でもあのときは憧れてしまったのよ……」
大姪にはまだ難しかったようで、キョトンとして首を傾げていました。真っ白に発光している大叔母の顔をじっと見つめます。
「でも、おばあちゃんのおかおきれいだよ」
大姪はそう言って無邪気に笑いました。大叔母は驚いて目を見開き、そっと大姪を抱き寄せました。大姪はギュッと大叔母にハグをして応えます。
「そう。悪いことばかりじゃないのかしら」
「うん! びじんさん!」
「あら、うふふ」
老婆は心の枷が軽くなっていくのを感じました。そして甘えてくる大姪の頭を優しく撫でるのでした。輝く笑顔を浮かべながら。