あなたは誰
「あなたは誰」
思わず声が出る。鏡に向かってそれは言ってはいけないと知っているんだけれど――いや、あれは自分の像に対して言ってはいけないという話だっただろうか。ならばこれは問題ないのだろうか。鏡に映った見知らぬ人に声を掛けるのは。
「か、鏡の中に住んでる人……みたいな感じですか?」
我ながら馬鹿げたことを言っている。鏡に映った人は目を見開き、辺りを見渡した。そして恐る恐るというふうに鏡に向き直るのだった。
「京本です。あなたこそ、誰ですか?」
驚いた。声が後ろの方から聞こえてきた。振り返るのは怖い。目の前に相手がいて、でも声は後ろから聞こえていて、一体どうなっているのだこれは。
「私は加々見と言います」
「加々見……?」
「はい」
「昔この部屋で亡くなった方ですか?」
は? 何を言っているのだ。亡くなった? 私が?
そう言われてみると、ここ最近の記憶がない。ふと目が覚めて、ぼんやりとしながら鏡を覗き込んだら見知らぬ人が映っていたのだ。
あぁそうか。この人は鏡の中に住んでいる人ではない。私の真後ろに立っている、こちらの世界を生きる人だ。2人ともこちらの世界にいるのだけれど、ただ、私の姿が鏡に映っていないのだ。
なんということだ。なぜ私は死んだ? なぜ今目を覚ました? 何も思い出せない。加々見という名字の他に一切の記憶を持ち合わせていない。思わず声が出る。
「私は、誰」
2/20/2025, 10:07:32 AM