花が揺れている。ただ一輪、風に揺られ。甘い香を漂わすわけでも、華美に彩られた訳でもない花は、夕暮れと踊るように遊んでいた。
たまたま人とすれ違った。どんな人だったか、どんな身長だったか、男か女かすらも覚えていないけど、すれ違った瞬間にふわりと鼻を突いた香水が私の脳みそをドロドロに溶かした。私の頭は一生囚われるのだろう。あの、甘く爽やかな知らない香水に。
その日、私は無性に海に行きたかった。失恋したからとか、やなことかあったとか、親と喧嘩したとか。そんな理由はないけど、でも海に行きたかった。大きな道からだんだん細くなる路地を進む。だんだんと波の音が聞こえ始める。やたら生臭い匂いが濃くなっていく。近くなるたびに、足早になる。もうすぐ、もうすぐだ。今日も来てしまったと思いながらも、その景色はたしかに素晴らしかった。今日も私は、海へ。
夏の日の午後、部屋の隅に転がったビー玉の入った缶を久しぶりに開いた。
「わ、こんなに集めてたんだ……」
缶のおかげか埃は被っていなかった。だけど、何処かくすんでいてあのときの輝きとはかけ離れている。
「ちょっと! 捨てるものあるなら早く持ってきな!」
「あ、待って! 今行く!」
プリントやら何時ぞやの学習ノートやらを抱え階段を降りていく。チープな文字で彩られた缶は部屋の片隅に置いたまま。
荒廃したその国は、一人の少女に全てを託した。少女は国を蹂躙した怪物を駆除する為だけに作られた存在だ。小さい頃から自分の使命を教え込まれてきた。
「今日が作戦決行日だ。…、何か、言いたいことはあるか?」
少女はうつむいたまま何も言わない。
「まぁ、無理もない。必要な言葉以外教えてこなかったからな。」
指定の位置に拘束され、その怪物が現れるのを待った。唸り声が響く。獣特有の匂いや、生臭さが辺りに広がった。
「このような栄誉ある仕事をさせてもらえて誇らしいです。光栄です! 本当に嬉しいです!! 我が国に栄光あれ!!」
少女の顔は酷く歪んでいた。