湖楠*

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4/28/2024, 2:19:59 AM

僕は石ころだった。
川辺にある普通の。なんてことない石ころ。

隣に座った誰かに話しかけられていた。
その人はとてもキラキラしていて、綺麗だったと思う。

僕はその人の話を聞き続けた。
いや、聞かされ続けた。
耳がないので、曖昧にしか聞き取れかったけれども。

過去に何があったとか、それで今は1人だとか。
持っている力を、何に使ったらいいかわからないだとか。

口も手もない僕は、答えられない。
その頃はまだ自我などなかったが。


ある日のことだった。
今日もその人は隣に座って、言葉を吐く。

「なぁ、石ころ。お前は何が欲しい?
私は、話せる友人が欲しいよ」

これが、はっきり聞こえた最初の言葉だった。
僕はこの時、二度目の誕生を迎えたんだ。


まだ石ころのままだけど、自我を持って話せるようになった。
その人は驚いていた。でも、どこか悲しそうだった。

僕たちはそれから色々な話をした。
難しいことは僕にはわかなかったから、
ただ素直に思ったことを伝え続けた。
あの時もそう。


「なぁ、石ころ。私は、私だけがここに残っていて、
意味があると思うかい?」
「うーん、僕はあなたのおかげで、ここにいることに退屈しませんが、それではダメですか」

その人は、ふっと笑って
「そうか、じゃあ私がここで生きる意味もあると?」
「あると思いますよ。あなたが毎日、楽しければそれでいいと思います。僕は楽しいですし。」

抑えきれない笑いを隠すためか、
その人は膝に顔を被せたまま、震えていた。

「そっかぁ…ありがとう石ころ」



4/26/2024, 3:41:00 PM

冬、私が訪れた山の中にぽつんと小さな村があった。

吹雪の中、足を怪我をしてしまった私を、
そこの住人はみな優しく、とても良くしてくれた。

その村は数えられるほどの人しか住んでおらず、
食料も少なかった。がみな、幸せそうに生きていた。


ある時、私は少し歩けるようになったので村の散策をしてみた。

ふと、離れたところに小屋があった。
物置小屋か何かだろうと思った。

「あそこには近づかんほうがええ、おめぇさん呪われっぞ」

そう、看病してくれた人が言っていた。だから、近づかないでおいた。


季節は春になり、この村を去ろうとした時、
子供が貧相な格好であるいていた。
体はやせ細り、靴もなく、見るに耐えなかった。
村人たちは睨みつけ、村の子はその子に石を投げつけて、
遊んでいた。

その子はなんの反応も示さず、抵抗なく、
私が近づかなかった小屋へと帰っていった。

「人が…あの子が住んでいるのか…?」
私は驚いた。同時に、村人に怒りを覚えた。

なぜあの子はあんなところに住んでいるのか。
なぜあの小屋に近づけば呪われるのか。
…誰も教えてくれなかった。

「あんな小さな子供が、呪うわけないだろうっ…!」
「あのままでは死んでしまう…っ!」

急いであの小屋へと向かった。


「…………だれ?」
足音に気がついたのか、女の子の声が聞こえた。
「旅の者だ。」
「…何用…?…ここにいては…だめ。来ては…だめなのに.......」

彼女の声を余所に、私は疑問をぶつける。
「なぜ君はこんなところにいるんだ?」
「なぜ君に近づくと呪われる?」
「なぜ村人たちは君を嫌うんだ?」

「………………」
「答えてくれ。」
「…。」
「頼む…。」

長い沈黙。
私はドアの向こうで声が発せられるのをひたすら待つ。

「……てない。」
「え?」
「わたしは……呪われてない。」
「…っどういうことだ…?」

彼女は一気に、これまで喋れなかった分を全て吐き出すように、詰まりながらも喋り出す。


「嫌われるために…こ、ここにいるの。 
だから、わたしは、呪われてなどいない、 
村が…平和になるように、……必要。」
「母さまにそう教わったの。
人は誰かの上に立っていないと、不安…だから」
「それで、村は平和になるように… 
そのために、ここに……居るの。」

「私は、ここにいれて、幸せ」

あまりにも酷すぎる。そう思った。

「だから…大丈夫だよ、旅人さん」

私は何も言えなかった。
何が良い事か、悪い事か分からなかった。

大勢の平和のために、彼女を犠牲にするか彼女を助けて、
大勢の平和を壊すか流れ者の私には、決められないことだった。

その後、私は何も出来ないまま村を去った。
ただ、もし彼女のような境遇の子が助けを求めていたら救いたいと、思った。

最後、彼女は笑っているように思えた。
だから、私は彼女に手を差し伸べられなかった。

今、あの子は幸せだろうか。


4/21/2024, 5:29:06 PM


雨が降る。
私のなき声は、誰にも届いていない。
この瞬間にも同胞たちは、誰にも知られずいなくなっていく。
降りしきる雫が、地面に落ちる様に。


私は今日も空を見上げている。暗い狭い路地裏で。
今にも街に呑まれてしまいそうなほど小さい翼。

次第に灰色の雲が立ちこめる。
雫が1つ、また1つと落ちてくる。

それでも、上を見上げる。狭い空に、同胞の姿。
黒い翼を広げて、雨など諸共せずに駆けていった。

いつかの日を思い出す。
…あれほど、引き留めたのにあの人は行ってしまった。
悔いなきその微笑みが、こびりついている。

大空をかけていくその背中は、
とても勇敢で、憂うものなどないようだった。

彼らの最後は知っている。
誰にも知られずに朽ちていくと。

私もその1部になる、それが許せない。

でも、でも。もっと許せないのは、
この狭い路地で独り、あの人に置いていかれたまま、
朽ちていくこと。


次第に空が晴れる。
私は少し大きくなった翼を広げて、飛び出した。

空がオレンジ色に染まって、太陽が眩しく輝いていた。

ここにいるよ。ってあの人に届くように鳴く。
私の鳴き声は、届いているだろうか。


朝露が一粒落ちて、私は起きる。
朝一番に群れを飛び出していく。
あの頃の私とは、見違えるほど大きな翼を羽ばたかせた。

最後にあの人がいたのは、この山だと聞いた。
あの背中を追ってここまで来た。ただそれだけの理由。


突然の雨。
これまで何度も同胞の死に際を見てきた。
今回も看取ってやるだけの話だったのに。

横たわった「その人」
私の泣き声は、誰にも届かない。
こんなに呆気ないものだったなんて。


涙が雨に消えていく。命も、消えていく。
それでも私は、飛んでいく。
最後に朽ち果てるその日まで。

4/18/2024, 4:05:21 PM

目を閉じた。

真っ暗な世界に私は色を創造する。

快晴の青、雲の白、唇の赤、瞼裏の黒。

どれだって素敵で、どれだって容易だった。


じゃあ色が無かったらどうだろう。

空も、雲も、人も、夜も。

ありはしない世界、存在を許されない世界。


もちろん私の居場所もないだろう。

立つべき地面も、そこに立つ足だって無い。



だからこそ、自由にわくわくできる。

無色の世界を描くこと。そこに色をつけること。

それはこの世にない唯一の「色」を描けることだと。



私は目を開かない。

開けば、たくさんの色が輝いて見えるから。

これは見ないふりじゃない。

私が立つ地面を、私だけの色を、描くために。


今日も無色の世界を塗り替えていく。

4/16/2024, 4:11:53 PM

「わたしを連れ出して!」
声が聞こえた気がした。

真夜中、無音の泣き声の中で。

私が閉じ込めていただけだった。
探していた心はすぐそばにあった。

筆を走らせる、無我夢中で。
無邪気なわたしを掬い出す為に。

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