深夜0:23、鍵をかけながら遅くなっちゃったな、なんて考える。
「すーちゃん、ごめんねぇ、ただいま〜」
返事が返ってこない。
おかしいな、この時間ならまだ寝てないだろうに。お風呂にでも入ってるのかな、と思い風呂場を覗くも入った形跡はあるがすずはもういなかった。
手を洗って、寝室で着替えてからリビングへ行った。だけど、すずはいない。トイレも一応覗いた。いなかった。
これで部屋は全部なので、若干焦りながらメールを確認すると、5時間も前に『今夜ははるちゃんの好きな煮込みハンバーグだよ〜!』と言っていた。えっ、嬉しい!
テンションが上がってすぐに冷蔵庫の扉を開ける。そこにはすずの作った煮込みハンバーグが仰々しく鎮座していた。
いそいそとハンバーグを取り出すと、ラップの上に付箋があることに気づく。メモには
『ドレッシング買ってくるね! らびゅ♡』
とあった。なんだ、らびゅって……。ただ、なんだか可愛らしかったので思わず写真を撮ってしまった。
付箋を剥がして、ラップもふんわりかけ直して、電子レンジに投入する。その少しの間、テレビでも見ようかななんてスイッチをいれたとき、液晶のなかに見慣れた景色が見慣れない光景として映っていた。
「え、ここすぐそこのスーパーの前じゃないの」
パトカーが立ち並び、警察官が大勢の野次馬を規制している様子が、アナウンサーの後ろに伺えた。
まさか、なんて考えた
「本件は、スーパーの前を歩いていた20代女性が路地裏に連れ込まれ、抵抗するも酷い██を受ける。気絶したところ████をさらに加えられ、2時間ほどに渡る████と███により被害者女性が██するという悲惨な事件です。」
「貴方は、本件の被害者である三森すずさんの同居人、青木陽さんで間違いないですか?」
「……」
「お辛いのは分かります、加害者男性にはしっかり罪を償って頂きます。」
「…はい。」
あれから記憶が断片的にしかない。結局その日はハンバーグを食べ損ねて、すずの実家の静岡で葬式をあげるために急いで口に入れたハンバーグは、涙と鼻水で味が分からなかった。
立ち直るのに4年、元の通りに仕事ができるようになるまでもう2年、それから3年経った。毎年欠かさず静岡の墓に線香をあげに行く。朝は必ずあの子の写真に「行ってきます」って言うの。ロック画面はあの時の付箋。
ねぇ、最近部下の子が教えてくれたんだけどね、『らびゅ』って『Love you』の略語らしいね、しかも10年前からあったって言うのよ。9年間も気づかなかった。あなたからの最後の言葉は「愛してる」だったのね。ふふ、行ってきます!
「左手が寂しい。」
ずいぶん可愛いことを言うんだな、と思った。
僕は右手で、彼女の冷たい左手をくるんでやった。
「右手も寂しいわ。」
そういうので、右手も手を繋いでやった。
時計台が真夜中を告げる。ライトアップされた木々が僕らを照らすから、こんな夜でも寂しくはなかった。
「唇も、寂しいって言ってる。」
見つめあって、寂しがり屋な彼女に僕に残る全ての愛をあげた。
「じゃあね、」
リップを塗り直して、両手をジャンパーのポケットにしまって、それから彼女はコツコツと音を立てて行ってしまった。
もう僕は必要ないんだろうな、
僕はというと、寂しがり屋が移ってしまったのかもしれない。もう君に会いたくなって、それで、不覚にも泣いてしまった。
もう冬休みだね
それなんだけど、と木野さんが一拍おいて話し始めた。
「文化祭から、君といると心が休まないの。もちろん君は悪
くないんだけどね。
隣の席になったのも、毎日連絡が来るかそわそわするの
も、今何考えてんのって思うのも、ちょっと手が触れちゃ
うのも、ぜーんぶ心臓がドキドキして止まんないの。」
だから、と言って僕は最愛の彼女に冬休みいっぱいのお預けをくらったのだった。
「しばらくは、私の心臓も冬休みするの」
上京してすぐは貧乏で、その日のご飯もやっとだった。
だから田舎から持ってきたボロの手袋を、一緒に上京してきた彼女と分け合って片方ずつ使っていたものだ。
彼女は可愛い顔ではなかったけれど気立てが良くて、何よりも縁を大切にする人だった。
「やっぱり片っぽ寒いでしょう、私はいいから拓巳が使いな
よ。」
「いや、いいよ。二人で手を繋いでいればあったかいよ。」
なんて言い合って、飢えも寒さも2人で乗り越えてきた。
もう暗くなったぜ、これじゃすぐ冬になるなぁ。
そうだ、みたらし団子買ってきたよ、好きだったよな。
……これが本当は3番目なの、知ってたよ。安いもんな、
あーあ、お前が居ないと両手があったけぇや。
変わんないね。
3年ぶりにあった佐藤さんはちょっぴり大人になっていて、
それでもまだ可愛いえくぼはそのままだった。
「え、そうかな?小林くんはなんかカッコよくなったね!」
そう言って笑う彼女の左耳には、2つのピアス穴が空いていた
「あー、これ?元カレがお揃いにして欲しいっていうから。
今じゃちょっと後悔してるの。」
元カレとやらが、今もこの子に色を残しているんだな。
ちょっとだけ悔しかった。いや、結構悔しかったかも
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開けました、ピアス穴。左に2つと、右に1つ。
染められないなら、染まってしまえば良いってこった。
「お、なかなか良い感じになったんじゃない?
腫れもひいてきたし、綺麗に開いてよかったね!」
コンビニ散歩からの帰り道、夜風が体を容赦なく冷やす。
「私ね、小林くんが私のこと好きだったの知ってたよ。
小林くんって面白いし、優しいし、友達として最高だなぁ
って思ってたんだよね。」
「あ、間違えた。蒼弥くん、か!…ふふ、ねぇ蒼弥くん。」
「関係、変わっちゃったね」