【静寂に包まれた部屋】
今日は大切なあなたの誕生日。
張り切って部屋の飾り付けをして、ケーキを買って、プレゼントも用意して部屋のリビングで帰りを待ち侘びる。
夜8時、いつもならあなたが帰ってくる時間。
なのにあなたは帰ってこない。
どこかで道草をくっているのだろうか?
誰かにお祝いされてるとこだろうか?
やらなきゃならないことが終わらないのだろうか?
夜9時、まだ帰ってこない。連絡もない。
せっかくの料理も冷めてしまった。
一体どこで何をしてるのだろうか?
ふぅ、とため息をついたその時、電話が鳴った。
あなたからの着信。
全くもって遅すぎる連絡に、なんて言ってやろうかと悩みながら電話に出る。
聞こえた声に、遅れた本当のわけを知る。
ああ、そうなんだ。
だから帰ってこれなかったんだ。
静かな部屋の時は流れる。
一刻一刻と。あなたの帰りを待ちわびる。
静寂を打ち消すようにボーンボーンと鐘がなる。
どれだけゆっくりでもいいけど、
絶対に帰ってきてね、大切なあなた。
【声が聞こえる】
両親に怒られて、不貞腐れて海辺へ散歩をしていた。
海風が心地よく、ざぁざぁという波音が心を落ち着かせる。
大きな月が水面に揺れ、煌々と輝いている。
月をも飲み込む大きな海に悩みや、辛さも飲み込まれ、かき消されていった。
ふと、誰かの声が聞こえた。
遠くから聞こえる?いや、近くから聞こえる?
どこから響くのか、美しい歌声だ。
砂浜をしばらく歩き、ゴツゴツとした岩の影へと導かれる。そこに声の主は居た。
目が合う、見つめ合う、逸らせない。
逸らしてしまったら逃げられてしまいそうな気がした。
声の主は、こちらを見てにっこりと笑った。
その姿には、老若男女問わず皆が「美しい」と思わされるだろう。
この世のものとは思えぬ美しさに加え、明らかに人間と作りの違う“足”を持っていた。
「こんばんは。素敵な歌声ですね。」
歌声と言っていいのだろうか、言葉はわからない。
この声は伝わるのだろうか。
案の定困ったような表情を見せる声の主に、申し訳なく思った時。
『初めて言われた。ありがとう。』
そう、一言返事が返ってきた。
「言葉わかるんですね!」
『ええ、わかりますとも。』
柔らかい雰囲気と笑顔を見せる声の主は、こう続ける。
『また来年、ここに来る予定なんです。
美しい陸の夜景が好きで。』
自分が海を見るのが好きなのと同じ理由だ。
住む場所と正反対のものに人も人魚も惹かれるのだろうか。
「そうなんですね。自分も美しくて穏やかな夜の海が好きなんです。」
『じゃあ、来年もお会い出来るかもしれませんね。
楽しみが増えました。』
「来年、この場所でまた会えることを期待してます。」
そういい別れを告げると、
美しい声の主は綺麗な“足”をひらめかせ、本来いるべき世界へと帰って行った。
ああ、名前を聞くのを忘れてしまった。なんて思いながら、砂浜を声の主と作りの違う“尾びれ”で歩く。
【夜景】の前日談
【大事にしたい】
あなたが私のお腹を蹴った。
大事にしようと思った。
あなたが私のお腹を蹴った。
守りたいと思った。
あなたが私のお腹を殴った。
そんなに強くなかったけど、命を感じた。
あなたが私のお腹を蹴った。
大事な大事な私の赤ちゃん
今日、この子が生まれる。
何も無く元気に産まれてくるといいな。
大事な赤ちゃん。
ところで、あなたの中のあなたって誰でしたか?
【夜景】
年に一度、陸の素敵な夜景を見に行く。
いつも光のない海の暮らし、綺麗な光と言えば、
チョウチンアンコウが餌をおびき寄せるぼんぼりだけ。
そんな暮らしを、嫌っている訳では無い。
色んな種類の魚や、同族と楽しく暮らしているし、
何不自由ない生活である。
みんなは『人魚姫』のお話知っているだろうか。
あれは海でも人気な物語で、子供に読み聞かせたりもする。
可哀想な人魚、陸に行くことの恐ろしさ、人間は信じるなという教訓の物語として。
『え?光がないのになんで読めるの?
それは、君たちと違う言語を使っているからだよ。』
そう言うと、足を持つ君は感心したようにノートへ書き留める。
『何を書いているの?』
そう言い覗き込むと、落書きのような筆跡が見えた。
ああ、住む世界が違うとこんなにも違うものなのか。
そりゃあ、人魚のお姫様が文字で会話できなかった訳だ。
「なんて書いてあるかわかるの?」
『いいや、わかんないや笑』
「だよね。 けど、話し言葉が一緒なのは驚いたよ。」
『そうだね〜。なんで言葉が通じるか知ってる?』
「この国の海だから…?かな。」
『いいや、違うよ。
じゃあ、来年また聞くから。考えておいてね』
「ええ…わかった。」
そう言い、2人は海のほとりから、陸の眩い光を眺めた。
君にとってはいつもの景色だ。しかし、我々が出会う今日この日には、毎年花火が上がっている。そのため、君も食い入るように見入っている。
その横顔を見て、初めて君と出会った日を思い出す。
もう、10年はたっただろうか。
君の背はずっと高くなって、大人っぽくなった。
正直、夜景を見に来る目的で君と会うのが楽しみになっている自分がいる。
一体いつまで、君はここへ来てくれるのだろうか。
あ、そうそう、君たちにだけは答え合わせ。
我々人魚が人間の言葉を話せるのは、
人を惑わし海へ誘うため。
人魚のお姫様は、その声を無くしたから王子を手に入れられなかったんじゃないかな?なーんて。
ん?そこにいる人間を海へ連れていく気なのかって?
冗談はよしてよ。“今は”連れていく気はないよ。
大切な大切な友人だからね。
【花畑】
ここはどこだろうか。
広い花畑の真ん中で目を覚ました。
様々な種類の花が、やさしい風に揺れ、ふんわりと柔軟剤のような良い香りを撒き散らしている。
いつの日か見た夢のようなぼんやりとしためのまえの光景は、到底現実のものとは思えなかった。
『少しあるこう』
虫の羽音も、風の音でさえ聞こえない花畑に、
誰に言う訳でもない独り言だけが響いた。
花畑はずっと遠くまで続いていて、終わりが見えない。
行先もなくただフラフラと花畑を歩いた。
お姫様になった気分とでも言っておこうか。
暖かい陽射し、美しい花、優しい風、
擦れる足、踏まれた花、永遠と続く花畑
あまりお姫様もいいものでは無さそうだ。
王子様の迎えが恋しい。
そんな時遠くから声が聞こえた気がした。
「ねえ!おーーーい!おーーい」
聞こえる声に、導かれるように歩く、走る。
声の聞こえてきた方向へ向かうと、ポツンと扉が立っていた。
1枚の扉。
開ければ向こう側が見えてしまうだけなんじゃないかと思うような扉。
『不思議だ』
そう言いながら、何となくドアノブに手をかけた。
軽い握り心地に、ドアノブだけ外れてしまうのではないかと不安になりながら、ドアノブを回した。
扉を自分の方へと引いていく。
途端に眩い光が溢れ出し、今居た世界を、花畑を飲み込んだ。
音が聞こえる…
ピッ…ピッ…と、規則正しくなる機械の音。
口を覆うプラスチックの感触。
真っ白な天井と淡い緑のカーテン。
あぁ、あの花畑は…。