思いつきなんちゃって小話

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【声が聞こえる】

両親に怒られて、不貞腐れて海辺へ散歩をしていた。
海風が心地よく、ざぁざぁという波音が心を落ち着かせる。
大きな月が水面に揺れ、煌々と輝いている。

月をも飲み込む大きな海に悩みや、辛さも飲み込まれ、かき消されていった。

ふと、誰かの声が聞こえた。
遠くから聞こえる?いや、近くから聞こえる?
どこから響くのか、美しい歌声だ。
砂浜をしばらく歩き、ゴツゴツとした岩の影へと導かれる。そこに声の主は居た。

目が合う、見つめ合う、逸らせない。
逸らしてしまったら逃げられてしまいそうな気がした。
声の主は、こちらを見てにっこりと笑った。


その姿には、老若男女問わず皆が「美しい」と思わされるだろう。
この世のものとは思えぬ美しさに加え、明らかに人間と作りの違う“足”を持っていた。

「こんばんは。素敵な歌声ですね。」
歌声と言っていいのだろうか、言葉はわからない。
この声は伝わるのだろうか。

案の定困ったような表情を見せる声の主に、申し訳なく思った時。
『初めて言われた。ありがとう。』

そう、一言返事が返ってきた。

「言葉わかるんですね!」

『ええ、わかりますとも。』

柔らかい雰囲気と笑顔を見せる声の主は、こう続ける。

『また来年、ここに来る予定なんです。
美しい陸の夜景が好きで。』

自分が海を見るのが好きなのと同じ理由だ。
住む場所と正反対のものに人も人魚も惹かれるのだろうか。

「そうなんですね。自分も美しくて穏やかな夜の海が好きなんです。」

『じゃあ、来年もお会い出来るかもしれませんね。
楽しみが増えました。』

「来年、この場所でまた会えることを期待してます。」

そういい別れを告げると、
美しい声の主は綺麗な“足”をひらめかせ、本来いるべき世界へと帰って行った。

ああ、名前を聞くのを忘れてしまった。なんて思いながら、砂浜を声の主と作りの違う“尾びれ”で歩く。


【夜景】の前日談

9/23/2023, 1:52:36 AM